ジェーン・ジェンセン来日


ジェンセン来たんすよ。

ティリーがぽつっと言った。

ジェーン・ジェンセン?
いつ?

先週かな。
Aベックスのあんじっくすとの契約の件、って“表向きで”。

表向き。
だよなあ。
やっとマムンが暴かれて、ジェーン、じっとしてなんかいられなかったろう。




ジェンセンズから出るんだアルバム。

はにかんだように言ったっけ、裕太。

ジェンセンズ!
すげーじゃん!
来春にはいよいよ全米デビューか。
すげえ!
鹿田裕太凄すぎ!!

俺も本気で喜んだ。
ジェンセンズからアルバムが出せること自体、世界に向けてこう言われてるのと同じだからだ。

歌がうまい。
声がいい。

日本一の天才といわれた美空田たまきの歌声さえ、

ちょっといいね

としか言わなかったジェーンが、裕太の声には泣いたと聞いている。
間違いない。
裕太は本物中の本物なのだ。

それでも裕太は繰り返した。
レインで行きたい。
おまえも来てほしい。
ばかいえ。
俺の歌はシャレでしかない。
ダンスでさえ、やっとなのだ。
これ以上裕太の足を引っ張る気は、俺にはなかった。

さみしいなあ。

ことさらに言う裕太が妙にあどけなくて、俺はちょっとだけ心動いた・・・

でもそれだけ。
その日は羽田でも成田でも見送りに行くぞ。

そう思っていた。



のに。




タダユート?

片言の日本語が調整室に響いた。
振り向くと、そこに彼女がいた。
自分を指して彼女が言う。

アイムジェーン。
ジェーン・メイニ・ジェンセン。

知ってる、はアイノウでよかったかな、とか思ってるうちにジェーンは走り寄ってきた。
大柄な、外国の、女性音楽プロデューサーが、背ばかり高くて厚みのない俺を、鯖折りに近いパワーでかき抱いた。

ゴメナサイ
ズット
アイタカタノ!

この日も、ジェーンは泣いていた。



墓へ連れて行った。
日本流のやりかたで、ジェーンは裕太に正対し、両手のひらをあわせて冥福を祈ってくれた。

ワタシガミイダサナカタラ
カレマダ生キテタ?

真剣に聞くジェーンに、俺はNOと首を振った。

真嶋は裕太を手放す気がなかった。
そのことに気づけなかった俺たちが馬鹿だったんだと思ってます。

ソレガニホンノショービジネス?

YES。
残念ながら。

ほんとうに、ほんとうに残念ながらだ。

あんじっくすモソウナル?
もしそうなら、ワタシ商談・・・

撤回しなくていい。
こうまで執着されたのは、真嶋で裕太だったから。
よそではこうまでのことは起きない、筈です。

筈です、と心で繰り返し言ってみる。
どこもかしこもティアーズみたいだったら、日本のはショービジネスじゃねえ。
地獄じゃん。

あんじっくす、パールの声に惚れたんでしょ?

からかうように言うと、世界規準のプロデューサーが赤面した。
当たりだった。


翌日ジェーンは日本を離れた。
これで俺は完全にレインと切れたと感じた。
ティリーたちも既にティアーズを離れている。
秋にはティアーズの名も無くなる。
でも拗虐者が根絶されるかは、こればっかりは蓋を開けてみないとわからない。
それでも、ちょっとずつでも、世の中は変わってゆく。
きっと変わってゆく筈・・・



※ この作品も完全なフィクションであり、実在の事件、会社等には一切関係ありません

それでも地球は回っている