宙吊りになってどれくらい経つ。
上では何してる。
足と腕が折れている。
引き上げてもらっても、俺はもう登れない。
初登頂コースだったのに。
野中は栄誉を優先したいだろうな。
インタビューとか大好物だ。
里葉はそんな彼を野心的と言っていた。
最近は、野心一つ見せない男性が多いから、頼もしいわ。
目をきらきらさせていた。
一歩も二歩も出遅れて、好きな女性の気持ちまで持ってかれている。
その上こうして足手まといだ。
せめて、
一矢報いたい…
俺はナイフを取り出した。
どう切れば、野中が俺を見捨てた感じが醸せる??
上から切られた感じが出せれば…
とその時。
ざり、ざり、とザイルの軋む音とともに、野中自身が降りてきたではないか。
大丈夫だ相良。
みんなで引き上げる算段してる。
飯食え。
水分とれ。
怪我はどうだ。
上着は?
とりあえず、これ持ってきた。
食料、水(湯)、上着。
だけじゃない。
俺のザイルを確認し、
対処する
と戻っていった。
野中真治。
俺は…
ゆっくり俺は引き上げられてゆく。
みんなの顔が判別できるほど近づいてきた。
山男。
本物の。
俺はおまえに心構えさえも負けていたのか。
万能ナイフをポケットにしまう。
人として、完全に敗北した。
おまえになら、里葉奪われてもいいや。
完全に俺の負け…
え?
なぜおまえ、笑ってる?
『悪いな』
と、野中の口が動いたかと思うと、俺のザイルがたわんだ。
!
俺は突然重力にとらわれた。
落ちてゆく。
壁面に、ぶつかるまでは生きている。
だが氷壁は末広がりだ。
いつかぶつかって、バウンドして、俺は死ぬのだ。
野中あああああっ!!
俺は努力したと言うのだろう。
マスコミの前で男泣きするのだろう。
こんなやつの前には、俺の邪心なんかしれたものだなあと、思っている間に氷壁が、みるみる眼前に
それでも地球は回っている