惨(ざん)の記①

人質

まだ元服したばかりじゃないか!

それでも…送らねばならぬ。

奥方は承知したのか!?

するわけがない。
それでも…送るしかないのだ。

いきなり平手が飛んだ。

義仲!
おまえは屑だ!

言い捨てて立ち去っていった。
頬はひりひりと痛い。
力自慢の巴にぶたれたのだから当然ではある。
室が弱かったから、巴は乳母でもあった。
太郎太郎と可愛がっていた。
それでも送るしかない。
鎌倉組のほうが、勢力として強いからだ。

木曽太郎。
齢十二。

見も知らぬ鎌倉に送った…


鎌倉


私は頼朝の妻(さい)である。
鎌倉においては私を母と思うてほしい。

美しい女人が笑む。
吾はただぺこりと頭を下げる。
人質は下働きとかさせられるのかと思っておったら、ぶらぶらしとればええらしい。
吾に随行してきた海野幸氏や望月重隆と学問したり、武芸を磨いたり、遠乗りしたり。
意外に気楽な日々である。
幸氏も重隆も弓がうまい。
頼朝がほめそやし、吾にもっと努力せよと言いおる。

努力はしておるのです。
大器晩成なのですよ。

頼朝妻がぴしゃりと言うと、頼朝は強くは言わなくなるが、偉そうで、吾は全然好きになれん。
次々女を作ってくるので、いつも妻が怒っておられる。
吾の父も女は多いがこそこそはせぬ。

きょうは巴と寝(いね)る。

と父が言えば母者は引き下がるし、

きょうは室と寝る。

と言えば、巴は狩りにでも行ってしまう。
何で妻は悋気する?

妻と言えば、吾はこの地で婚姻した。
相手は頼朝妻殿のご長女。
まだ七つほどだ。
あにさま、あにさまとついてくる姿がかわいいのに、妻だというのだ。
つまり頼朝妻殿は、本当に母上となられるのだ。

頼朝妻殿は本当に変わっておられる。
吾をやたらに可愛がる。

太郎、太郎。
太郎太郎太郎。

元服しておりますし、義高です、と申し上げても太郎太郎と。

おのこがまだおらぬからじゃ。

七つの嫁が賢しらに言う。

大もほしい。
うばのこどもを見たが、小そうていとけのうて、人形のようじゃった。

こどもをそだてるを、人形あそびといっしょくたにしておろう。
子に乳をやりながら、馬に乗ったりできねばならぬのだぞ。

そうなのか?

目を丸くして吾を見る。
かわいい。
いやかわいいだけでは嫁ではない。
一緒に戦えねば…

太郎。
そんな女人は巴くらいじゃ。

幸氏がちょっと呆れて言う。

それが証拠に頼朝妻殿、ご乗馬めされるところを見たか?

そ。
そういえば…

ご乗馬なさらぬわけではないが、あんまり頻繁には見ぬ。

そのご乗馬の途中で片胸はだけられたりしそうか?

考える。
彩りの良い着物を肩脱ぎに…?

わっ。

突然前が凝(しこ)って、吾は慌てて前を押さえた。

それでも地球は回っている