穢土(えど)
休日
脚立を買ってケーブルテレビに加入して観覧車に一人で乗った。
松本大洋の『ピンポン』と『GOGOモンスター』と『鉄コン筋コンクリート』を一気に読んだ。
みな同じ話。
一度はぐれた手が唯一欲しかったその手が必ず最後には迎えに来る。
それが読みたくて
二年前だったか私にキスをして
「もし仮にこれから君と寝ても彼とは何もなかったように友達だよ」
そういって一度も目を合わせなかった男は『ピンポン』の笑わない主人公が幼なじみに決勝で負けたことをつまらない感傷にひきずられたんだと言っていた。
彼は泣きながら笑っていたよ
私の血も、鉄の味はする
夕方自転車で10分ほどの母のアパートに向かう。
私がまた仕事を辞めて福岡に戻ったので毎晩夕食は一緒に作って食べようと提案した。
決まりごとが極端に嫌いな母はお互い気が向いたときにしようと言い張った。
二間あるのにかなり無理をして一人暮らしを始めた私はいつもの支配的な気持ちを抑えて母に従った。
パジャマ姿の母と台所に並ぶ。
左手で包丁を持つ私を今でも危なっかしそうだという顔つきで見ている。
私はあまりテレビを見ないようにしているのでいつも母から最近の生き埋め事件の話や死刑判決の話を聞く。
私たちは春菊の泥を洗いながら見事に折り合わぬ意見を交し合う。
母の意見は面白いほど世間の流れと酷似している。
足の悪い母が起きてテレビをつけてつけながら寝入る日々に寄生する確かな思惑
三人殺した人は三回殺されればいい
母は神様を信じないという。
吉野の神主だった祖父は口と鼻から大量の血を流しながら死んだらしい。
幼かった母は血の色がとてもきれいだったことしか覚えていないと言った。何度も血を吐くので近所の人たちは狐憑きだと噂したそうだ。
伯母は辯天宗の副教祖だった。葬儀には親族の何十倍もの信者が駆けつけて肩身が狭かったとこぼした。
伯母は腹に水が溜まり最後には臨月のような腹を抱えてうめきながら息を引き取ったらしい。
神仏にすがっても安らかな死すら迎えられない。
それから母は見えないものが見える目を失くした。
私たちみんな永遠に死ねないからだからいま迎えにこない唯一無二の手を捜しているのに
姉が死んでから母はこれからの話をしない。私は無理やり母を笑わせようとおどける。
母は笑ってすぐさま面倒臭そうな表情に戻る。どんな薬を飲んでも止まらない母の咳が私といる時だけ少し治まるような気がする
あんたが一番引き継いでる
何も見ないし何も聞こえないよ
帰り道。中古の車輪が錆びたマウンテンバイクで飛ばす
下り坂。利き腕側のブレーキは壊れている
振り切る(ことが)
マクマーフィーの窒息するカッコーの巣の上のような中年女が排水溝めがけて尻を出す岡山駅正面口のようなウォーホールによって蹂躙されたモンローの笑顔のような妻子の寝息を傍らで聞きながら孤独を書こうとする詩人の甘ったるい詩のような辞世の句を詠み父があの公園で全身にふりまいたガソリンの臭いのような
わたしの
(了)
アンビリーバーボーな薄給で働いているのでw他県の詩の勉強会に行く旅費の積立にさせていただきます。