ことわざdeショートショート「青菜に塩」
「あー、疲れたぁ」
玄関に入るなり、その場に座り込んでしまった私。
今日も散々な1日だった。
ストッキングは伝線するわ、電車でなぜかそば臭のするおっさんと体が密着するわ、仕事できない癖に理屈だけはご立派な上司に振り回されるわ、
しかも上司は岩井ジョニ男に驚くほど似てるわ。
(おかげでヤツがテレビに出てると、ソッコーでリモコンを投げつける習慣ができてしまった)
出来たらこのまま朝まで眠りにつきたいところなのだが、社会人10年を迎える表面上はきちんとしたアラサー女性としての体面を潰すわけにはいかない私はのっそりと起き上がり、洗面所へ向かった。
化粧を取れば、気持ちは前向きになるだろう。
そう思ってクレンジングオイルを顔に広げたところで、私の憂鬱な気持ちは一向に変わってくれない。
(そういえば、タケちんにくれたミニチョコパイしか食べてなかったっけ…)
同僚がいなければとっくに会社内で餓死していたかもしれない私は、珍しく空腹を感じ、ごちゃごちゃしているマイルームへ。
冷蔵庫を開けるも、中にはなぜか半分たべかけの「カットよっちゃん」があるのみ。
すると私の脳内で、私という人間は女性として存在していいんだろうかという壮大な思考に及んでしまった。
(しまった、しまった)
頭を横に振り、冷蔵庫を閉めた私は、しばらく部屋の中をボーっと見渡した。
すると、なぜだろう。
あれだけ、重苦しかった頭がすっきり冴え冴えとし、パソコンを見続けたことによる眼精疲労が癒えていくのを、私は確かに感じたのだ。
理由は分かっている。
私の心の癒しであり、心の友であり、心の恋人ともいえる存在。
「チャーシューーーーー!!」
深夜にも関わらず、ありったけの愛を込めて私は叫ぶ。
「のーらいふー、のーちゃーしゅーーーー!」
そう。
部屋中を取り囲んでいるのは、私の推しである亡き愛猫のチャーシューである。
ポスターから始まり、カレンダーもPCの壁紙も、スマホのカメラロールにも。
所狭しと私の領域を埋めてくれている愛しのチャーシュー。
ペットの名前はともかく、私にはチャーシューのいない生活は考えられない。
ジョニ男にイライラさせられようと、親からの結婚圧力を感じようと、
溜まりに溜まったストレスも、あのチャーシューの甘えたような、ぶさかわいい顔がよぎる度に、生きる活力がみなぎってくる。
「チャーシュー」
満面の福福顔を見せている拡大写真に向けて、名前を読んでみる。
するとふいに外から
「ニャオン♬」
という猫の鳴き声が聞こえてきた。
とりあえず明日も頑張ろう、と思った。
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