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どんな時でも


携帯のバイブが鳴っている。その振動でガラステーブルのじゃがりこが落ちそうだ。

めぐるは飛び起きるなり、素早くスワイプしてバイブを止め、しばしフリーズ。昨日は日付が変わる時間ギリギリまでサークル仲間と渋谷をパトロールと称し、クラブをハシゴしてしまった。

真っ黒なカーテン。けばけばしい色の下着がエアコンの風でなびいている。
壁にはサークル名である「DIAMOND Diamond」と書かれた横断幕や仲間と撮った写真がびっしり。ショッキングピンクのベッドにはゲーセンで取った数え切れないほどのぬいぐるみが仲良く並び、若干ホコリ臭い。

床を覆い尽くしている洋服からタンクトップとショートパンツを身につけ、つけまつげと格闘していると

「ドンドンドン!!」

「なに!?」

「お前洗面所で髪やったろ!」

「だから?」

「だからじゃなくて、やったら綺麗にしとけっつ言っただろ!ったくもう!」

というやりとりが、たけしとしばし繰り広げられる。しかもドア越しだから声がでかくてうるさい。

たけしが去り、しばらくすると焦げ臭い匂いが。よく見るとエクステから煙が出ている。どうやら無意識にエクステの上にヘアアイロンを置いてしまった模様。

「やばいやばいやばい。どうしよー」

めぐるは仕方なく、近くにあったファンタグレープ味をぶっかける。
辺り一面グレープが漂う。当然床はビチョビチョだ。

(あーーー、やっちまったな)

しょうがないので床を覆っている洋服を適当にかき集めて拭く。めぐるにはもはや雑巾にしか見えていない。

グレープ色に染まった洋服を抱え、脱衣場経由でリビングに向かう。
すでにたけしは身支度を終えたようで、猫背で納豆をかき混ぜながら推しキャラが出ているというアニメに釘付けになっていた。

(マジないわ)と思いながら、茶碗にご飯をよそって席につく。

「あっ、目玉焼き食べるー?」

「うん。あっ、納豆とってー」

「あいよ」

食器同士がぶつかる音や椅子と服の擦れた音がする中、きこえてくるアニメのエンディングテーマを横に受け流しながら、味噌汁をすするめぐる。何となく目の前のたけしを観察してみる。

ボサボサの髪。つぶらな目。物心ついた時から掛けられているメガネ。四角い顔。数年前から少しずつ迫り出してきてるんじゃないかというぐらいたるんだお腹。頭は良いらしく、大学卒業後は勤勉な公務員をしているけれどこのルックスでは心惹かれる女性はおそらく皆無と言っていいだろう。

めぐるはしばし人生の神秘について考えを巡らせる。この世にほぼ同時に生まれ、性別は違えど顔も一緒、着せられている服も一緒。育てられてきた環境は一緒のはずなのに。

それなのに。

一体どこで違ってしまった?

ちなみにめぐるのサークル友達に年子の姉妹がいるのだけれど、そっちは双子なのでは、と思うほどよく似ている。

双子と年子の違いって何?

と想像が広がりかけたところでたけしが顔を上げ、こちらを睨みつけてきた。
どうやら無意識にガンを飛ばしていた?と思っていたら太眉がかすかに下がる。

「たぶん、無事だよな。」

「・・・うん。大丈夫でしょ」

お互いどこかそわそわしながらもごちそうさまをし、めぐるは右足を椅子に乗せながら茶をすする。

こぼれる日差しが柔らかい。庭から見える塀の上を猫がのっそり歩いている。

平和だな・・・。

洗面台をめぐって喧嘩したり。

目玉焼きの黄身の半熟具合で言い争ったり。

毎日着る洋服で悩んだり。

夢中になれるものがあったり。

でもそれは、自分の信念を貫き、自分たちのことを思い、頑張ってくれている人たちがいるからこそだと二人は誰よりも思っている。

「さぁ〜てと」

双子らしく同じタイミングで立ち上がり、一直線に隣の和室へ。
仏壇の前に並んで座り、稗田家と戒名が書かれた位牌を前に線香をあげ、チーン。

一緒に、胸の前で手を合わせる。

遺影の祖父母は今日も笑っている。

全ての国の人たちが幸せでありますように。

そして

無事にお父さんが帰国できますように。

「戦争と平和〜フィルムで伝えたい今 子どもだって幸せになる権利はある
4.29〜○○文化会館2階 戦場カメラマン 稗田明紀」


お供えのお菓子と一緒に置いたパンフレットに日差しが反射し光っている。







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