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お正月は、けっこうカオス2

お正月、夫の実家に帰省するのもちょっと憂鬱だったけど、自分の実家への帰省もけっこうな衝撃だった。

予兆は、すでにあった。
ウチと弟夫婦と「同じ日に来て欲しい」と母から要請があり、実家に帰省する日が7日になったことで、父がヘソを曲げた。

ウチの近くに一人暮らしの叔母が住んでいて、親族がけっこう集まるのでそちらを3日にしたことが、父の嫉妬心を掻き立てたようだ。

私の家族と弟家族と両親のグループラインに、自分のところを後回しにして叔母のところに行くことへの恨みつらみを送ってきた。

私と娘が年末に実家に顔を出したので、その気持ちは解けたと思っていたのに…

7日の午前中早めに実家に到着して、ホッとしている私たちの前で不満を爆発させる父。
怒っているのは、やはり3日の内ではなく7日にみんなが集まることについてだ。

父の言い分を聴いていると、なにやら不満の矛先が弟に行っている。
弟は、母の要請に従っただけなのに。

腹が立つというよりかは、呆れて?駄々をこねる子供を叱りつけるように私は父に怒鳴った。

私は、けっこうよくキレるけど、いつも夫婦ケンカでキレるのは違う感じで、平常心のまだけどめちゃめちゃキレていた。

私は若い頃にミュージカルを学んでいたから、腹式呼吸からの発声を習得しているし、瞑想を続けていて肚がすわっているので、感情というよりは、魂の叫びみたいになった。

父が痴呆症になって、怒りのコントロールが出来なくなったのかと思って心配になった。

叫んだあとは、スピリチュアル学んでいるし、瞑想しているのに、もうちょっと相手に寄り添いたかったな〜と少し自己嫌悪気味になったが、もうやっちゃった後なのでくどくど考えても仕方がない。

少しあとに来た弟家族と外で合流して、それまでの父の状況を伝達し、弟に父の対応を託した。
しばらく弟と話をしたら、父も平常心を取り戻したようで、やっとみんなでご飯を食べられるようになった。

まぁ、父の状況を考えてみれば、自転車に乗って近所なら移動できていたのが半年前からままならなくなり、自転車も手放して家にこもりきり。
母はパート先で週3日の勤務が、週5日になり、帰宅すると疲れて寝てしまい、父とはすれ違いな生活。

高齢でSNSを使いこなすわけでもないから、友達ともなかなか話す機会がない。
自分がそうだったら鬱にもなるのも納得な環境だ。

定年後に「海の近くで暮らしたい」といって、私達こどものいる地域から遠方へ移住した両親。
元気なうちはいいけれど、やっぱり身体が動かなくなると距離が離れているのは支障がある。

少しずつ衰えていく親を、どうやってサポートするか考えながら見守るしかないだろう。

一昨年一人暮らしの叔父は、私が5回くらい病院にお見舞いに行ったら亡くなったから、あっという間だった。

近所に住む叔母も一人暮らしだし、夫の両親も元気で近くにいて、私の両親はちょっと離れている場所に住んでいる。

これから近しい人たちの死を看取る機会も増えると思うと、ちょっと気が重いけど、人はいつか死ぬのだから、これも命のバトンだよね。
生まれることにばかりフォーカスされるけど、生まれるのと死ぬのはセットだから。

誰がいつまで生きるかも、いつ死ぬのかも、その時にならないと分からないもんね。



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