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デザインの演じ方

今回、劇団「らまのだ」の劇作家と演出家によるワークショップに参加しました。これまで、まともに演劇を鑑賞したことはありません。また、小学校のクラス劇で、『笠地蔵』のお爺さん役からセリフの無い地蔵役に変わったほど、人前で演ずることも苦手です。では、なぜ。演劇の体験は、紙面の編集デザインに活きると思ったからです。

デザインと演劇はどんな関係?

3年前、『たのしごとデザイン論』(カイシトモヤ著)を読み、デザイナーの仕事は演劇に例えられると知りました。デザイナーは舞台の演出家クライアントは興行主です。それを、次の文章で分かったつもりになっていました。

写真、イラストレーション、コピーなどは、(中略)『役者』にたとえられる」(『たのしごとデザイン論』)
「良い舞台をつくるために、役者どうしをきっちりと采配するのがデザイナーの役割」(『たのしごとデザイン論』)
「演出家が『どんな舞台にまとめたいか』について、しっかりとしたビジョンをもっておくことがとても大切」(『たのしごとデザイン論』)

昨年12月、金沢デザイン会議2019で、10名近くのデザイナーや経営者が、デザイン経営をテーマに語りました。その登壇者の一人が、「演劇とデザインは似ている。演劇の経験が役に立っている」と話したのです。それは山﨑晴太郎氏。現在、幅広いジャンルで活躍しているデザイナーですが、子役の頃から演劇をしてきたとのことでした。それを聞いて、新たな視点が得られるかもしれないと、演劇の体験に興味を持ちました。

そんな折、金沢21世紀美術館のイベント案内チラシで、「会話劇のための、劇作・俳優ワークショップ」が目に留まり、「未経験者歓迎」に背中を押されて参加を申し込んだのです。

クライアントの思いは戯曲

「らまのだ」は、南出謙吾さんが戯曲を書き、森田あやさんが演出をする劇団です。

午前は、南出さんによる劇作ワークショップ。15名ほどの参加者が順に自己紹介することから始まりました。最年少は高校1年生で、幅広い年代が集まり、プロを含め演劇経験者が大半と分かりました。

南出さんは、「戯曲は登場人物のセリフとト書きを綴ったもの」と話した後、黒板に上下に揺れる波を描き、各波の上端を塗り潰しました。水面に見える氷山の一角のように。それから、次の説明がありました。この波は、登場人物の感情の変化を表し、塗りつぶしたところが戯曲のセリフです。つまり、俳句は情景をしたためるように、戯曲は登場人物の発した言葉だけを書いたもの。その状況や登場人物の心情は、読む人、聞く人が想像するのです。

ここまで聞いて、演劇の興行主がクライアントに当たるなら、戯曲はその言葉だと思いました。演出家が戯曲を読み解いて舞台作品に仕上げることは、デザイナーがクライアントの言葉の下の意図を反映してデザインすることと重なるからです。

それから、数行の戯曲を書いて発表をする時間がありました。その時、文章を削る緊張感のコントロールや、情報差を意識する等のアドバイスを受けました。情報差を意識するとは、「殺してやる」「嫌だ」のような大きな差はサスペンスとなり、「ものすごく好き」「それほどでもないけど好き」という小さな差は、さらさらと会話が流れる日常のようになるから、その差を利用して戯曲の空気を操るということです。デザインでは、コピーの情報差で緊張感や魅力等をコントロールし、図版のジャンプ率で賑やかさを演出することではないでしょうか。

伝わる演出に最も大切なこと

午後は、演出家の森田さんによる、俳優ワークショップ。コミュニケーションを深めるワークの後、即興劇をしました。2人ずつ前のイスに座り、役を与えられて2分間演ずるもの。セリフは無くて自由に。

私のペアは、勤めるデザイン会社の職を失うことになった夫と、それを知らない身重の妻の役。演じ始めると、相手の言動と自分の役に神経が集中して、周りの笑い声は遙か遠くから聞こえる感覚でした。あんなに力みの無い緊張感は初めてでした。1回演じた後、「この人の目的は?」「相手にどうしてもらいたんだろう?」と、森田さんから問いかけられました。そして、役の気持ちを整理して再び演じると、自然に言葉と仕草が変わったことに驚きました。しかも、見ている人の反応から、伝わり方まで変わっていたと分かりました。

「言葉を発する人の思いで、伝わり方が変わる」。これは、セリフのある会話劇でも、1人劇でも同じとのことでした。原稿通り話すことに心を奪われては伝わらない、演ずる人の思いが最も大切と強烈に知らされました。それは、クライアントと話す時、チームで打ち合わせをする時、プレゼンする時、あるいは日常会話でも、「その会話の目的」を意識すれば、言動が変わるということ。そう考えると、日常生活は、自分の置かれた環境と役柄で、今を演じているのかもしれない。演ずるって何だろうという思いが、ふと頭をよぎりました。

この即興劇を演出する森田さんは、鋭い眼差しで前に座る俳優の特徴を見抜き、設定を告げていました。そして、役者が演ずる度、その心を整えてクオリティーを上げていく。時には、イタズラっぽい笑みで、「次はこうやってみようか」と楽しみながら。それは、制作に向かうデザイナーのようで、素材の特徴と魅力を見抜き、さっとラフを描き、ちょぴり遊び心を加えながら熱中して進める姿と重なりました。まさに、「デザイナーは舞台の演出家」。それを、プロの演出を目の当たりにして実感できました。

デザインの演出家

体験した演劇の演出と照らし合わせることによって、編集デザインを今まで以上に俯瞰できるようになりました。

「デザイナーは舞台の演出家」です。クライアントからの戯曲を解釈して、ビジョンを持ち、主役・脇役にふさわしい、コピー・文章・写真・イラスト等を集めます。そして、各俳優の魅力が輝く配置を考え、制作していく。公演日という締め切りに向けて、舞台美術を整え、装飾や文体などの衣装を用意して、調整をしながら。

常日頃、森田さんは、自らの言動を振り返ることで人間そのものに眼を向けて演出を磨いているそうです。それは、デザイナーが、「これを見てなぜ心が動いたか」と自らに問うことで、デザインの演出を豊かにしていくのと似ています。

俳優のスキルは、すべてのコミュニケーションに活きる。例えば、相手に伝わっていないと思った時、「これはどんな状況?」「私はどうしたい?」「相手にどうしてもらいたい?」と、自問自答して心持ちを変えれば、言葉や仕草が自然と変わり、きっと伝わることでしょう。

会場で、劇団「らまのだ」の公演チケットを購入しました。新たな視点、更なる気づきを得られると確信したから。ワクワクが止まりません。

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