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「法律なんでも1000」No.016 契約の本当


これは、神田英明氏が発行するニュースレター「法律なんでも1000」のバックナンバーです。
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人生の幸福を測る指標は色々ありますが、契約をどのくらいしたか、という契約の多寡もまた、その人の幸福度を測る指標になりうるでしょう。

ここで言う契約とは、日常のものではなく、不動産の売買や賃貸借、建築の請負契約、自家用車をはじめ高額な動産の売買契約、就職等の雇用契約、弁護士等の委任契約など、非日常のことを扱う大きな契約を指します。

文明社会において、人生を積極的に生きるためには、契約は欠かせません。契約は、その人が自律的な大人として自分の権利義務に大きな変化をもたらすものですから(私的自治)、契約をした数が多い程、その人は自分の人生を自律的に生きたと言えるでしょう。

契約は本来、全員に利益をもたらします。例えば「7割で仕入れて10割で売る」という商人がいたとします。売主Aは先月他人から350万円で仕入れていた絵画を買主Bに500万円で売りました。その後、買主Bは500万円で購入したその絵画をCに700万円で売りました。この売買契約によって、売主Aには150万円、買主Bには200万円の利益(履行利益)を生じています。この売買契約によって合計350万円の利益を世の中に発生させたことになります。一 方が150万円儲けたから他方が150万円損した、という算数ではないのです。
なお、700万円でこの絵を購入した上記のCさんは損をしたのでしょうか? 損をしてまで契約する人はいません。その物の所有権を取得するという、現金700万円よりも高い満足感(主観的価値)を得られるからCは購入したわけです。また、今後の値上がりによる絵の価値の増加も期待できます。

さて、契約は全員に利益をもたらすものですから、民法は一生懸命、その実現に励みます。
第一に、もし当事者の一方が、絵画を渡してくれない、あるいは、お金を支払ってくれないのであれば、国家的に協力してくれます。例えば、裁判所を通して履行の強制を実現してくれます(民法414条)。
第二に、もし債務者の落ち度で履行できず相手に利益(=履行利益)を与えられなくなった場合、民法は債権者に履行利益の賠償責任を与えています(民法415条)。
第三に、債務者が債務を履行しないときでも直ちにはキャンセルできる権利を与えません。民法は債務者にもう一度チャンスを与えています。すなわち、一度相手方に催告をして、相当期間(例えば2週間)待っても履行しない場合にのみ解除権が発生するルールを採用しています(民法541条)。契約は当事者のみならず社会に利益をもたらすものだから、双方が納得して合意した契約内容は出来る限り無くさないという政策論から導かれる契約法のルールです。

この様に、契約には強い拘束力が働きます。
たとえるなら、『契約は駿馬(しゅんめ)のごとく』です。上手く使えば本人を遠くの未だ見ぬ世界に連れて行ってくれますが、扱いが難しいのです。

契約を駿馬として使いこなし、暴れ馬にしないためにはどうしたら良いのでしょうか。
契約書に判を押す前までに、契約書の内容をしっかりと吟味することが大切です。現代では、不動産の売買等、大抵の契約が既に相手方によって契約書の文言が作成されているのが一般ですが、判を押した以上、不利な内容でも、知らなかったでは通りません。特に大きな契約は、1人でなく、家族や利害関係者の全員で契約内容を吟味する、出来れば専門家に契約書を見てもらうくらいの慎重さが必要です。

因みに、ご存知の通り欧米は日本よりずっと契約書中心の社会です。入院した友人に頼まれて友人の借家に着替えを取りに入る、というようなことでも、大家さんに入れてもらうには、委任状などの提示が必要とされます。結婚の際に、離婚時の財産分与の契約をしておく、というのも有名な話ですね。契約書を交わすことにより、トラブルは減り、結果として円満に解決する事を、長い紛争の歴史を通して彼らは学んだのでしょう。

契約は、個人の幸福追求権(憲法13条)の実現として、民法その他の法律がその実現に助力してくれる、人類の大いなる知恵の産物です。すべての人がこの知的財産たる契約を積極的に上手く使いこなして、充実した自律的な人生を送られることを願ってやみません。

「なんでも1000」No.020>「法律なんでも1000」No.016

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神田英明(民法学者・東京弁護士会弁護士)

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神田英明氏のプロフィール

民法学者(明治大学)、弁護士(東京弁護士会)、法曹教育の第一人者(司法試験首席合格、20歳合格者を輩出)。教え子弁護士が全国各地に100人。
自身の海外経験をもとに、遺産相続に関するミュンヘン講演(在ミュンヘン日本国総領事館後援)や「親が認知症になる前にすべきこと」のフランクフルト講演、「脳が喜ぶ勉強法」という教育に関するデュッセルドルフ講演、さらには国をまたいだ往来が気軽にできなくなった状況をふまえ、世界規模でのzoom講演(「日本にいる老親のためにすべきこと」など)を開催中。
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