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ショートショート「時間診療所」(読了時間3分)

「こんにちは、初診なのだが…」

 診療所のドアをくぐり、サラリーマン風のスーツの男が顔を出す。

「噂を聞いて来たのだが…ここでは時間の治療ができるとか」

 そう、ここは時間診療所。時間が狂ってしまった人を治療する診療所だ。
 白衣を着た医者の男が答える。

「ええ、現代は何かと時間がおかしくなる方が多いので。多いのは「短時」。時間が短くなってしまう症状です」
「時間が短くなるなんて…」
「視力が落ちる「近視」ってあるでしょう。あれと同じで、時間を酷使していると短時になって、一日が20時間とか15時間ぐらいに感じてしまうのです」
「まさにそれだ! 毎日仕事で忙しすぎるんだが、最近どうにも時間が足りなくて。これはおかしいと思って今日はここに来てみたんだ」
「なるほど、なるほど」

 医者は微笑みながらカルテに何か書き込む。隣ではナースらしき女も話を聞いていた。

「忙しいので仕方ないと思っていたが、不思議なぐらいすぐ定時になってしまう。残業しててもすぐに夜中。睡眠時間も4時間だし、しかも2時間ぐらいしか寝ていない感覚だ」
「ふむふむ」
「先生、これはやはり時間が狂っているんだな? 短時だったか。それに違いないだろう」

 スーツの男がまくし立てると、医者は「失礼」と言いながら男の目をのぞき込んだり、聴診器で心音を聞いたりした。そしてカルテにまた何か書き込んでから、スーツの男に向き直った。

「この器具を身に着けてください」

 そういうと、スーツの男の腕に、時計のようなものを取り付ける。

「これは?」
「近視に対する眼鏡みたいなものです。時間を矯正する器具ですね。これで時間の感覚が変わるか様子を見てみましょう」

 見た目にはただの時計のような器具。アナログ式で時間も表示されている。スーツの男は怪訝そうだったが、ひとまずそれをつけて帰宅した。


 次の日の朝、スーツの男は焦っていた。

 朝起きて医者に貰った謎の器具をみると、表示は午前6時前。まだ1時間ほど寝ていられる。
 二度寝をして、また目を覚ました時に、ようやく何かおかしいと気づいた。謎の器具は、まだ6時前を示したままだ。
 慌てて元々家にあった時計を見るとすでに9時前。会社の始業時間だ。

 顔も洗わずにスーツを着て電車に飛び乗ったが、会社に着いたのは10時を過ぎていた。そこからさらに30分、遅刻について上司に叱られる。延々同じ話が繰り返される説教はとても長く感じられる。

「あの医者、まさか説教されている時間は長く感じる、とでも言うつもりか…」

 怒りを感じたが、今はそれどころではない。普段ですら時間が全く足りないのだ。業務開始が2時間近く遅れた今日の仕事を、何とか終わらせなければ。
 スーツの男は時計を見ることも無く、ひたすら仕事をこなしていった。

「なんとか終わった…ん?」

 何とか今日の仕事を終わらせる。そこでようやく、男は気付いた。
 時計は17時、まだ定時前だ。腕の謎の器具ではない。オフィスの掛時計を見て、どう見ても17時。いつもなら夜中までかかる仕事なのに。周りの社員もまだ仕事中だ。

 なぜだ…? スーツの男は、それこそ時間が狂ったように感じた。


「…先生、なんであの患者さんに、ただの壊れた時計なんて渡したんですか?」

 時間診療所では、カルテを整理しながらナースが医者に尋ねていた。昨日、医者が書いていたカルテには晩ごはんの献立が書かれている。

「ん? それはそうさ。彼の時間は狂ってなんかいない。忙しいアピールがしたくて、ダラダラと時間をかけていた結果、時間が無いだけだもの。効率的に仕事すれば、十分に時間が余るよ」
「なんでそんなこと分かるんです?」

 ナースが聞くと、医者は肩をすくめてこう言った。

「こんな怪しい診療所を見つけてわざわざ来る患者、ヒマ人に決まってるだろ」

(了)

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