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喫茶店【ショートストーリー】

 紫陽花は、硬めのプリンがおいしいと評判の店だ。
 バイト先で知り合った彼と付き合って半年になる。彼は北広島市に住み、地元の高校に通いながら、土日だけ札幌でバイトをしていた。札幌と北広島は近いけれど、平日は部活や塾があって会えなかった。バイトが終わった後、一緒に過ごす時間を楽しみにしていた。

 「いらっしゃいませ」

 案内された席に向かい合わせで座り、メニュー表を見た。チョコレートパフェにしようかプリンにしようか。

「ご注文はお決まりですか?」
「俺はチョコレートパフェ」

「伊織くんじゃない?久しぶり」
「山根さん…」

 彼の声が半音上がる。んんん。何だこの展開は。視線を交わす二人を遮るように、わたしは大きな声で注文をした。

「ぷ…プリンをお願いします!!」
「少々お待ち下さい」 
 彼が『山根さん』と呼んだ人は、爽やかな笑顔を残し、テーブルから離れた。

「知り合い?」 
「中学の同級生だよ」
「可愛い子だね」
「あぁ、うん」

 視線の先にあの子がいた。わたしの方が可愛いと言って欲しくて、少しだけふくれてみせた。気がついてくれなかった。

 プリンの上に、カラメルと生クリームとさくらんぼが乗っていた。本当はシェアしたかった。お会計をして店を出た。
 ヤキモチを妬いたわたしは、わざと意地悪ばかり言った。せっかく会えたのに、最後はケンカになってしまった。毎日していた通話も初めて途切れた。

 大学進学に向け、バイトの回数を減らしていた。彼とはシフトも合わないままだった。

 紫陽花にいたあの子は、彼の初恋の人だと友だちが内緒で教えてくれた。

 わたしが彼に告白した時、忘れられない人がいると言っていた。それでもいいと思って付き合い始めた。あの子を見返したくて、わたしと付き合ったのかな。好きなのはわたしだけだったのかな。待っていても連絡は来なかった。

 このまま終わりたくない。気持ちを確かめたい。メッセージを送り、電車に乗って彼の住む北広島市に向かった。改札の向こう側に大好きな人がいる。

「伊織くん」
「ずっと連絡しなくてごめん」
「わたしもヤキモチ妬いてごめん」
「彼女は初恋の人だけど、ただそれだけ」
「忘れられない?」
「葵ちゃんに出会うまでは、そうだった。だけどわかったんだ。大事なのは過去じゃない。二人で過ごすこれからだって」

 たった半年かもしれない。だけどわたしたちは、同じ時間を過ごしてきた。不安な時こ話をしよう。目の前にいる大好きな人を信じよう。

 夏の匂いがした。きっと忘れられない夏になる。


文披31題Day2 「喫茶店」 

お読みいただきありがとうございます。
プロットの段階では、葵は伊織くんに振られ、伊織くんは初恋を叶える的なお話になる予定でした。
書いてるうちになんだか葵を応援したくなりまして。苦手なハッピーエンドを頑張って書きました。
明日もまた違う雰囲気の話を書く予定です。
一応プロットはあるものの、書いてるうちにどんどん変わっていくのもワタシらしいかもしれません。


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