夕涼み【ショートストーリー】
どうして泣き止まないのだろう。乳も飲ませたし、おむつも変えた。今日は朝からずっとこんな感じだ。掃除をしていても、洗濯をしていても、泣き声で手が止まった。上の子とは違い、手のかかる子だと思っていた。わたしのイライラが伝わるかのように、赤子は泣き続ける。
「おかーしゃん、お腹すちた」
輪をかけて上の子が泣き出した。優先順位がわからなくなり、わたしも泣いてしまった。抱くのを止めると泣いてしまう赤子を後目に、何とか昼食を用意して食べさせた。
時計は既に5時を指していた。夕飯の支度も何もできていない。シンクには使い終わった食器が残ったままだ。
昨日も家事は捗らなかった。仕事から帰ってきた夫は、吐き捨てるようにこう言った。
「いつまで泣かせてるんだよ。母親だろ。俺の飯は?1日中家にいるのに、何もできてないじゃない」
胸が痛い。本当に何もできていない。乾いた洗濯物は畳まれることもなく、ハンガーにかかっていた。上の子が出してきたおもちゃで、足の踏み場もないくらい散らかっていた。こんなはずじゃない。余裕のない生活。結婚して子どもを授かれば、幸せになれると思っていた。
涼しいはずの北海道も真夏日が増えている。冷房が標準装備ではない、西日の射す小さな古いアパート。我に帰り赤子の肌に触れる。熱を帯びた皮膚は汗ばんでいた。
「お外行って来ようか」
「うん!お外行く」
ベビーカーに赤子を乗せ、上の子の手を引いた。歩いて数分のところに豊平川がある。大きな橋の途中にあるベンチに腰掛けた。上の子が水筒の麦茶を満足そうに飲んでいる。赤子はいつの間にか泣き止み、すやすやと眠っていた。
「おうちの中、暑かったかもしれないね、ごめんね」
「ぼくのお茶、赤ちゃんにもあげるよ」
「うんうん、ありがとう」
さっき泣いていた上の子も笑っていた。眠っている赤子も微笑んでいるように見えた。釣られてわたしも笑ってしまった。
赤子は今日精一杯泣いていた。明日も明後日も泣くだろう。それは「生きる証」だとわたしに解らせるように。
川緑の涼しい風が、わたしたちを一時優しくさせてくれた。正しい答えはないかもしれない。待ったなしの育児はこれからも続いていく。
アスファルトに映る影が伸びる。もうすぐ日が暮れる。涙を拭いてお家に帰ろう。
今日から7月ですね。
小説企画、文披31題開催中。
3年連続で参加させていただいております。
1000〜1500字程度のショートストーリーを書いています。
ワタシ的に夏の創作祭り、毎年楽しみにしている企画です。
素晴らしい作品作家さんに出会える文の月。
(ワタシが書いているものは、なんてことのない自己満足の世界なのですが)
書くことに溺れる7月にします。
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