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さやかな【ショートストーリー】

小さな子の死を扱ったショートストーリーです。
不安、不快に感じられる方はお戻りいただけますようお願い申し上げます。
このお話はフィクションです。


 八月の蝉が鳴く。それはもう懸命に。小さな体で精一杯、生きていることを誇示するかのように。散っていくのを知っていて、強く。そして切なく。


 朝から暑い日だった。静まり返る分娩室。泣くはずだったわが子は泣かない。わたしのすすり泣く声だけが響いていた。

「お母さんも赤ちゃんも頑張りましたね」

 出産の痛みに耐えるわたしの傍で、手を握り続けてくれた助産師が、労いの言葉をかけてくれた。そんな言葉をかけてもらえるなんて思っていなかった。


「きれいなお顔をしていますよ」

 恐る恐る覗き込んで見る。良かった。顔色こそ良くはないが、それでもとても安らかな顔をしていた。

「抱っこしてみませんか」

小さく頷いた。


 わたしの胸の上にいる子は、まだ温かかった。息をしていないことが信じられなかった。どうして、こんなことになってしまったんだろう。三日前までこの子はお腹の中で確かに生きていた。

「赤ちゃんの心拍が止まっています」

「心拍が止まるって、どういうことですか」

「残念ながらお腹の中で亡くなっています」

 原因は不明だが、無事に生まれてきたとしても長くは生きられない。先天性の疾患があったのではないか」と医師は言った。お腹の中で死亡した子も、通常と同じように生まなければならないと説明を受けた。子宮口を開かせる処置の後、人工的に陣痛を起こして、分娩に挑む。痛みの先に待つ喜びのない、悲しいお産だった。子と対面した夫の嗚咽が聞こえてきた。かける言葉も見当たらなかった。

 夜になり、遠くの病室で聞こえる新生児の泣き声に反応したのか、乳が張り乳汁が分泌し始めた。出産を終えたわたしの体は、育児に必要な変化を起こしていた。飲まれることのない母乳を拭う。

 死んでも良かった。あの子を生かしてあげたかった。何も。何もしてあげられることはないのか。

 見回りに来た助産師が、乳房のケアをしてくれた。張り始めた乳房は、痛みと熱を持っている。

「赤ちゃんは、お母さんの匂いがわかるんですよ」

 乳汁を染み込ませたガーゼを赤ちゃんの傍に置くという。

「お母さんの傍にいる安心感に包まれます」  

 助産師は、わたしの背中をさすり一緒に泣いてくれた。

「赤ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 体の傷みを最小限にするため、子は冷たい部屋で眠る。寂しくありませんように。祈るような気持ちで朝を迎えた。


 動けないわたしの代わりに、夫が役所に届けを出してくれた。火葬まであまり時間がない。病室で夫と3人、最後の時間を過ごしていた。交わす言葉もなく、ただ子の顔を見つめていた。エンゼルメイクが施された顔は、ほんのり赤みが差しているように見えた。

 病院で用意された小さな箱の中で眠り続ける子に、医師と助産師が花を手向けてくれた。八月の暑い日、わたしたちを残し、子は空に還って行った。


 川の流れは留まることなく、日々は続く。これ以上悲しいことなど、もうない気がしている。子を失くし、夫もわたしから去ってしまった。それでもわたしは生きていく。

   

 あの日きみがくれた幸せを一生忘れない。

 一転の曇りもない、透明な空に強く強く誓った。


 


文披31題Day14
「さやかな」

重たいテーマでしたが何とか書き上げました
なかなかハードでした
それでも完成して良かったです
次は明るい話を書こうと思います

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