飛ぶ【ショートストーリー】
ラベンダーが風に揺れる。北海道の夏は短い。小樽行きの普通列車は少し混雑していた。銭函駅で下車すると、湿り気を帯びた浜風が、潮の香りを運んでくれる。
空は今にも泣き出しそうだ。砂山を作ったり波と戯れる。今日の彼は何だか少し様子が違っていた。
「どうして黙っていたの?」
優しい声。きれいな瞳。強く真っ直ぐわたしを見ていた。
わたしは視線を逸らして海を見つめていた。問に答えることはできなかった。何を言っても言い訳になってしまうだろうし、何を言っても終わりになってしまうから。
長い長い沈黙の後、絞り出すように小さな声で言うのが精一杯だった。
「好きになってしまったから」
「ピアノを習いたい」と教室に彼が来たのは4月だった。そこでわたしは彼にピアノを教えていた。とても繊細で器用な人だった。あっという間にレッスンは終了した。
仕事と家の往復。つまらない毎日。紙切れ一枚の鎖に繋がれただけ籠の鳥。もう二度と誰かを愛することなどないと思っていた。
市内の楽器店で偶然彼と再会した。軽い気持ちで連絡先を交換した。音楽の話をする彼が眩しく見えた。
彼はわたしを窮屈な籠から連れ出してくれた。色鮮やかな景色をたくさん見せてくれた。それだけで充分だったはずなのに、その手に触れてしまった。このまま攫ってほしいと思ってしまった。この人を失いたくない。結婚していることは言えなかった。
「傷つけてしまってごめんなさい」
「傷ついてなんかいないよ」
さっき作った砂山が波に飲み込まれていく。壊れる時は一瞬だ。
水鳥が水面から飛び立つのを見ていた。彼らは迷うことも間違うこともなく、目的地に辿り着くのだろうか。飛び方を知らないふたりは、これから何処へ行くのだろう。戻ることも進むこともできないまま。
文披31題Day3「飛ぶ」
うう~ん
難しかった
プロットでも一番迷いました
全然違う物語になりました
(推敲甘くてすみません)
本当は弄ぶずるい女とそれを責める男を書きたかったです。
責められてるうちに覚める的な恋愛を。
けれども男性はどこまでも受け止める。
優しさと正しさと葛藤。
それでも人は誰かを愛してしまう。
これはワタシの創作の永遠のテーマです。
なんてね
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