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すみかのなやみ

 2023年2月6日

 僕の住んでいる白いアパートは,T字路に面しており(窓の外にはトの形の道路),すごく日当たりが良い.西向き.二階の角部屋.

 物件選びをしているとき,夕暮れ時にこのアパートを訪れ,部屋の中が夕焼けで染まっていたのがすごくきれいで,この部屋を選んだ.ただ,週に二日が大学で,それ以外が全てネタ合わせかライブなので,この部屋で過ごす時間は夜と朝ばかり.

 それでも虫は蜘蛛以外出ないし,壁が薄いので外の色々な音が聞こえるから,楽しく過ごせている.が,ただ一つ問題点があった.ひどく風が強いのだ.

 道路に面しているからか,ベランダに出ると風が強い.日常で浴びる風に対しては,感傷的になるが,そんな思いが消し飛ぶぐらい強い風が吹く.デリカシーのない風め.ゴウゴウ唸っている.普段からそのような感じなので,台風が来た日には,もう201号室ごと飛ばされるんじゃないかと思う.僕の部屋だけ飛んでいったら,アパートがテトリスのブロックみたいになると思ったが,想像したら全然そんなことなかった.

 そして,風が強いせいで,たびたび洗濯物が飛ばされる.自身の生活圏に個人情報がばらまかれる恥ずかしさったらありゃしない.僕はバンドのシャツをよく着ているので,

 「どうやらこの近くにSHISHAMOが好きな人がいるみたいねぇ」

と思われるかもしれない.しまいには,

 「わぁ,ユニクロのエアリズムのインナーばっかり落ちている,きっとまとめ買いしたのねぇ」
 「あれ,なんだか白の襟無しシャツばかり落ちているわねぇ,さてはこれが似合うのだけ分かっているから,こればかり買っているのねぇ」

などと想像されたらたまったもんじゃない.恥ずかしい.毎回窓を開けた時の,外の景色の第一印象の中に,赤や白,黒がまばらに点在していたら,急いで部屋の外に出て回収する日々を過ごしていた.

 でも,回収できるならまだいい方だ.回収不可だった子もいた.それは一階の人のベランダの中に落ちた子たちだった.

 一階の人のベランダは,二階の人のそれとは異なり,窓の外はただの地面で高い塀で囲まれているのみである.なので,二階から覗く限りでは,日当たりも良くなさそうで,僕の真下の人のベランダは使われている形跡がまったくない.

 そこに去年の冬,引っ越してきた頃,黒いロングTシャツが落ちてしまったのだ.お気に入りのバンドのTシャツ.頭を抱えた.

 「引っ越しの挨拶もまだしていないのに,一階の人にシャツ取ってくださいとは恥ずかしすぎて言えない,そもそも,どうやって言うんだ,インターホンを鳴らすのはもってのほかであり,そもそもいない可能性もある,それならば,紙に書いてポストに投函するか,でも投函した後,その人は僕の部屋の前に置くのだろうか,置かれなかったとき,僕は真下の人は怖い人なのかもしれないと思うだろう,それは嫌だ,でももし置いてくれたとしても,その人はその人で,僕の部屋に置くタイミングを悩んでしまうかもしれない,いや,あーだこーだ考えているけど,結局,知らない人にお願いすることを僕は怖がっているのだろう,うーん,あれ,あーだこーだっていつ生まれた言葉なのだろうか」

などと考えていたら,いつのまにか春が来ていた.もう春が来たら,取り返せないなと思った.なので,諦めた.その後も二人ほど落ちた子がいた.最初に下の人に声をかけなかった時点で,取ってくださいとは絶対言えなかった.もしそう言われて,がらがらと窓を開け,服を拾い上げた時,おんぼろの黒いロングTシャツがあったら

 「あれ,これはなんだ,もしかしてかなり前に落としたけど,恥ずかしくて言えなかったのかな」

などと思われるだろう.それは嫌だ.恥ずかしい.これ以降,物干し竿に付ける用の洗濯ばさみを買って,ハンガーをかける際にそれで固定しているので,犠牲者を生み出すことはなくなった.

 僕はベランダに洗濯機を置いている.平穏な日々になったけれど,洗濯機を回す際,落ちていった子たちの冥福を祈るため,ベランダから彼らを覗いて見ている.洗濯機もがたんごとんと鎮魂歌を奏でている.そんな夜をたまに過ごしている.


 あと,昨日の事務所ライブ「バカ爆走」のバカ爆杯予選会に来てくださった方々,どうもありがとうございました.正直緊張で,昨日の大半の記憶はありませんが,楽しんでいただけたら幸いです.ただ少し残っていた記憶の中に個人的な反省点を見つけたので,それを生かして,またライブを頑張ろうと思います.本当にありがとうございました.


 最近は,茶色の襟無しシャツとSHISHAMO ワンマンツアー2017秋「奇跡なんて起きないと言ったあの娘も,いつか誰かととびきりロマンチックな恋をする」Tシャツをよく着ている.





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