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映画『ACIDE/アシッド』をどう面白がるか?

ごきげんよう。雨宮はなです。
特別試写会で鑑賞させていただいた『ACIDE/アシッド』について、試写レポではない記事を書きたくなりました。
(試写レポは作品感想よりも試写会への苦情が勝ってしまったためです)

試写レポはこちら

※ネタバレを含みますので、気にされる方は鑑賞されるまで読まないことをおすすめします。

私の素直な感想

SNSでも投稿しましたが、私は初見で面白がれませんでした。
「何を、どう、面白がったらよかったの?」と完全に置いてきぼり状態で上映時間が過ぎていきました。
まずは、私が面白がれなかった理由を紹介します。

1.クズを極めた一家だったから

ここに暴力的で色恋脳内花畑なクズと、家族を思いやるフリをして自分だけがかわいいクズと、その二人のクズから生まれたサラブレッド・クズがいます。

これが主人公とその家族です。
もう、ぜんっぜん応援する気になれないクズたちです。
でも、人間なんてそんなものなのかもしれない。
それに、それだけクズで良い気持ちになれない彼らだから、ひどい目に遭ってもなんとも思わずに映画を最後まで観られたのかもしれない。

皮肉なのは娘の存在。
彼女によって主人公の災難はレベルが何段階も引き上げられたといって過言ではないでしょう。
おそらくこの娘がいなかった場合、主人公は別の場所でもう少しくらい良いエンディングを迎えたか、別の絶望を味わっていたのかもしれません。

2.その終わり方でいいの?なエンディング

そうなるんだろうなと思ってはいても、「その終わり方でいいの?本当に?」と確認してしまいたくなるエンディングでした。
どうにもならなさそうな感じだけ漂って、どうなるのかなと思うのも野暮かもしれない。
思考も気持ちも湿気でぐずぐずになったような感覚がありました。

荒木監督は「自分達が住んでいる世界と地続きの中でやっているのがおもしろい」と仰っていましたが、私はこの作品がリアリティを追求しすぎて拗らせた結果、映画としてのおもしろさをかなぐり捨てているように感じました。

映画としてのおもしろさとはつまり、虚構・妄想・希望といった、たしかなものではなく、あるとも限らないもの。
「こうあるとします」と定義されて初めて存在できるものたちが見えなったせいか、パラレルワールドをのぞき見したような感じがありました。

面白がるための3要素

試写会はトークイベントまで含まれている、特別試写会でした。
イベントには司会にライターのISOさん、ゲストとして映画監督の荒木伸二さんが登壇してくださいました。
ここからはトークを聞きながら書いたメモをヒントに「こうしたら面白がれるんじゃないか」と考えた要素を紹介します。

1.VFXと演技力による表現!

この作品はアメリカのような大掛かりなCG表現を避けた、VFXによる演出がひとつの特徴だそうです。
ちなみに

VFXとは、「Visual Effects」の略で、(中略)デジタルカメラやコンピュータを使って映像を加工することです。例えば、ワイヤーアクションで撮った映像からワイヤーを消去する加工や、沈没する船の乗客を撮影し、船のCGと合成して映像を制作するものなどはVFXにあたります。
現実にあるものとつくりあげた架空の映像を合成し、違和感のないように仕上げる効果がVFXで、ファンタジーのような架空の世界もまるで現実にあるように見せることができます。

デジハリONLINE

今作では橋のシーンにおそらくVFXが使われているとのこと。
この映画の中では大きな演出だったのですが、そんなことを知らない私はしらーっと観て過ごしてしまいました。
「あれがCGじゃないとなると結構大変な撮影だぞ、観逃がしたなぁ」と残念な気持ちになりました。
これから観る人には見逃さないでほしい!

それに、演技力。
この映画は主人公:ミシャルを演じるギヨーム・カネ氏の演技力がすごい。
でも、これも荒木監督がコメントするまで気づけませんでした。

「泥の中を歩いているだけなのに、酸の中を歩いていると思わせられる」

そ う だ っ た。
ミシャルは酸の中を歩いている(ことになってる)けど、ギヨーム・カネ氏は酸の中を歩いていない!
リアリズムが追及されているせいなのか、うっかり「これは映画だ」ということを忘れてしまっていました。

2.フランス人を知るのが面白さへの近道

荒木監督いわく、冒頭のシーンは「シャルル・ド・ゴールの末裔らしさが表れている」んだとか。
とにかく抵抗・反抗する、レジスタンス精神があるのだと。
私はあまり彼らの精神面を気にしたことがなかったのですが、先日のオリンピックでのオープニングアクトにはなるほどと思うところがあります。

冒頭シーンで主人公を含む多くの男性たちが着ている赤いベストは「黄色いベスト運動」のオマージュとのこと。
黄色いベスト運動とは……

2018年5月にオンラインで開始され、2018年11月17日(土曜日)にフランスにて開始。第二次世界大戦以後に、フランスで起きた最も長期間にわたるデモ活動となっており、毎週土曜日に行なわれている。(中略)黄色い反射チョッキは広く利用され、安価で入手可能となったため、運動のシンボルとして選ばれた。

Wikipedia「黄色いベスト運動」概要より

フランス人のレジスタンス精神や生活、そこからくる政治活動を知ったうえでこの作品を観ると監督の主張をいち早く汲めたのかもしれません。
のめりこんだり共感するにはスクリーンの中が自分に近いだけでなく、自分がスクリーンの中に近くあることも大切。
自分が“オキャクサマ”根性だったことに気づいて恥ずかしくなりました。

「黄色いベスト運動」を少し調べるだけでもこの映画の面白さが濃くなったり、フランス人の感性に触れられるかもしれません。

3.2024年の新たなトレンドとして捉える

監督から「警鐘を鳴らす、とは書けない」というコメントがあり、まさしくその通りなのが今作。
ネタバレかもしれませんが、別に特に何の警鐘も鳴らされていないのです。
最近の(特にアメリカ)映画にありがちな社会性のあるメッセージは含まれていないように思えます。

荒木監督の仰る「100分ずっとうつ状態。落ちている感じ、根拠のなさがおもしろい。心地よい映画」というのは今後のトレンドになるのかもしれません。

“この映画は決まりきったホラー映画の 形に乗れない人たちの 新しい流れになるかもしれない”

また、ISOさんは「放置した結果、手遅れになった」がテーマの映画だと仰っていましたが、イマイチつかみどころのない作品だったため、「テーマを紐解かせてくれない作品をSNSでどう書くか」というお話もありました。
2024年だけの、映画好きの中だけの、そんな小さなトレンドかもしれないけど。
そんなトレンドを楽しむという面白がり方もありだと思います。

何がいちばん怖いのか

私たち日本人は世界的に見れば災害慣れしているように見えるでしょう。
あらゆる天災にしょっちゅう襲われながら生活をしてきて、避難や備蓄についての知識は他の国よりもずっと馴染んでいる。
そんな日本人なら、こんな状態になっても乗り越えられるのでは?

でも相手は、致死率100%の硫酸みたいな酸性雨だ。
布を溶かす、プラスチックを溶かす、コンクリートもゴムも溶かす。
もちろん植物も動物も、人間も溶かす。
そんなものから、どう逃げればいいんだ?

地震や津波は逃げ場所があるのに対して雨はその自由が効かない。
建物内に逃げ込んでも、その建物がもつのかわからない。
じゃあ地下シェルターは?
土の中に酸性雨が浸みこんでいるからシェルターも腐食していく。
地震よりも発生頻度が高く、いつになったら酸性じゃなくなるのかもわからない。
逃げるしかないけど、逃げるのに限界がある。
上からも下からもじゃ……私たち日本人でも耐えられないんじゃなかろうか。

何かの映画の台詞だったか、はたまたドキュメンタリー映像だったか。
戦争捕虜を経験した方が「辛いのは終わりが見えないことだ」と仰っていました。
この映画のいちばん怖いところは「終わりが見えない」ことなのかもしれません。

さいごに

イベントの最後の方で荒木監督が「簡単にカタルシスを得られない映画に人が入る国であってほしいなぁ」と呟いていたのがとても耳に残りました。
まさしく私は簡単にカタルシスを得られず悶々としたわけですが、今こうやってカタルシスではないにしろ、面白がることができています。
この記事を読んでくれた方は、どんな面白がり方をするでしょうか?

一度目は酸性雨にうたれてじくじくしちゃうような感覚のある『ACIDE/アシッド』。
ぜひ荒木監督おすすめの日比谷シャンテでご鑑賞ください。
ISOさんがパンフレットに寄稿されているそうですので、そちらも要チェックです!


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