共感覚的な知覚

私は中高時代毎日が憂鬱だった。

私は睡眠第一の人間だ。しかし学校は朝の8時半から16時まで週に6日間拘束される。学校に行くためには7時半には家を出なきゃいけないし、、じゃあ近い学校に通えよ、私立通えて何様っていう話だけど。ギリギリまで寝ていたい私は7時15分に起きて朝ご飯を食べず15分で支度をして高校へ行く。

満員電車これがまた大キライだった。混んでると高確率で痴漢もどきにあうかキレ症なおばさんにキレられる。朝からぴりぴりゴチャゴチャキリキリ悶々とした空気に包まれる心的ストレス。この時くらいから社会とか世の中の人間に対する問題視がうまれてきたのかも。なんでここまで余裕がない人間がたくさんいるんだろうって。

さらに私の高校は毎朝テストがあり、そのことも考えると吐き気がすることがたびたびあった。授業が終わると16時なのも萎える。16時のあの薄暗くて明るいようで暗い日差しや空の色が苦手だったのかも。学校から出ると1日終わった感に囚われる。高校1年の中盤くらいから耐えられなくなってきていた(中学生でこれきてたら学校変えてた多分)。学校の不満というよりかは社会への不満が大きかったかな。とにかく余裕のない生活を送るしかなかった。まあ自分のもっと余裕を持って人生楽しもうっていう意欲や努力が1番は足りなかったんだけどね。

そんな時に音楽をきいたり、街を歩きながら風や季節の匂いを感じたり。それらが唯一の救いだった。音楽をきくと、見たこともない世界をふっと感じることができる。急に懐かしく、でも何なのかよく分からない未知の世界を想起するかのような世界観を感じ取ることができた。街を歩いていても、五感から感じ取った知覚によって懐かしんだり、あるいは新たな気づきを得たり。早い話が身近にあるものによって感動が得られていたのだ。

この日常生活によって得られる感動にすごく助けられ、なんとか高校に行くことができていた。高校生だった当時の私はこれが感動だと気づかなかったし、共感覚的な知覚を得ている自覚は全くなかったけど。この感動を含有した共感覚的な知覚が大好きで自ら得ようと街を歩くようになった(そこから環境とか年の公共空間とかに興味を持つようになったんだな。行きたい道はそっちじゃなかったけどな)

だから多分感動しやすい人が増えればいいのかなって。そうすれば、みんな平和に暮らせる気がしてて。想像力豊かに、余裕のある生活にも近づけるかな。もちろん経済的な貧困からくる余裕のなさとかもあるけど、経済的には余裕があるけど精神的に貧困な人が多いなって感じることが多いんだよね。

感動を感じるための心の余白はどうやったら得られるのだろう




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