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穴の底から

降り止まぬ雨だれが心音に絡みつき、息が苦しい。

声をあげても助けなどこないだろうと、とうに諦め、ほの暗い穴の底で息を潜め、膝を抱えていた。

ようやく降り止んだ雨に気づかぬふりをして、どれくらいたっただろう。

どこか遠くで聞こえる笑い声は、瞼の裏側に張り付いて離れない。

壁からひたひたと染み込んでくる冷たさが、足の親指から巻きついてきて、私の肩を震えさせる。

徐々にこの冷たさにも慣れていくのだろうか。

見上げると、丸くぽっかりと空いた光。

あの向こうにあるのは、誠実な膜を被った青空だ。

這い上がっても、正しさを振りかざした陽の光が、皮膚を突き刺すのだろうと思うと、足が震える。

丸い青空を、藍色の鳥が横切り、陽の粉をまとった羽根が、ひらりと舞いながら、穴の底に降りてきた。

震える私の膝に、そっと乗った羽毛。

僅かなあたたかさが、足の震えを鎮めさせてくれた。

ようやく立ち上がることが出来る。

手を伸ばすが、まだ、あの空には届かない。

声をあげてみようか。

こんな小さな声では、誰も気づいてはくれないかもしれないが。

腹に力を入れ、両足を踏ん張り、空に向かって叫んだ。

#掌編

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