見出し画像

星が生まれる日


このお話はフィクションです。






やっと星が見えたんです。
地球がなくなってからやっと。

月面は歩きにくかった。でこぼこしてるし、ふわふわしちゃうし。
見た目よりも柔らかい地面の砂に足をとられながらも、先週のうちに場所取りをしていたレジャーシートのところまでたどり着いた。同居人のモヨが用意してくれた弁当を広げ、シートに胡座をかいて座ればもう準備は万端だ。

ここから見る地球は大きかった。月に来て初めて母星が大きかったこと、月ととても近かったことを知った。ここから望む地球はとても綺麗で雄大だった。
そんな地球のそばには今、大きな隕石がいる。地球にむかって少しずつ進んでいる。きっと母星ではてんやわんやの大騒ぎだろう。ぼくは静寂に包まれた月面でそれを眺める。地球のおしまいを見届けるために、わざわざ家から五百キロ歩いて一番地球が綺麗に見える場所に来た。

隕石がぶつかるまで、弁当を食べたり、本を読んだり、レジャーシートの目を数えたりしながら過ごした。隕石は案外のんびりしてるから、気長に待つしかない。静寂が心地よくて、少し目を閉じた。
するとけたたましい破裂音が轟き、意識が完全に覚醒した。ついにぶつかったらしい。火花を散らしながら激しく衝突し、地球も隕石もばらばらに砕けていった。

ぼくがあそこで暮らしていたのはもう十一年も前だけど、やっぱり生まれた星だからそこそこ思い入れはあった。月からあの星がよく見えるところは観光地化していて、その景色の良さは月人からも愛されている。
でももう全部おしまい。地球は隕石の衝突から数時間もしないうちに、ちりぢりに割れて跡形もなく消えた。

割れた星の断片がどこにいったのかとか、地球人たちはどうなったのかとか、ちょっと気になったけどまあもうみんな死んでなくなったんだからどうでもいい。
青く輝いていたかの栄光はもうどこにもなくて、しかし代わりに、その後ろに何億年も前から佇んでいた星たちが瞬いていた。
ぼくはこんなにたくさんの星が地球の先にあるなんてこと知らなかったよ。母星にいた時は、空を見上げる習慣がなかった。月に来てからは、地球しかみていなかったから。
唯一だった星がなくなってからやっと、それが唯一じゃないことを知った。たくさんの星を見ることができた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?