2018年に詠んだ短歌を抜粋してみた

今年詠んだものから半分くらいの100首くらいを置いておきます。


薄雪はまだ踏まれずに側道の消火栓の蓋ここにあるはず

真夜中の赤信号を徐行してドクターカーは右折していく


食堂に鳴り渡るカノン 飲みかけのコーヒーたちの湯気を残して

室長が両手で7とサインする鳴りつづけてる通報の音

指令台にヘッドセットを挿せばすぐ[受付]ランプが点灯 押下

「火事ですか救急ですか」「事故みたいバイクの人が・・・ょ・・」プッ ツー ツー

かけ返す呼び出し音は口ずさむことなく聴きいるカーペンターズ

『ドクターカー要請ドウゾ』受信する コーヒーのこと考えている


宇宙へは海抜高度100kmで君の街より近いだなんて

今もまだガラケーでいるあなたへとまた同期してしまわぬように

戦中の滑走路だと聞かされた交差点までまっすぐな道

降りてすぐ深呼吸した あのころと変わらない風、駅名標も

海沿いの展望台は遠くまで見えすぎていてふたり黙った

はつなつの野に咲きほこる花たちの花言葉だけ教えてほしい

まだ傘を差さなくていい雨のなか肩に頭をあずけてくれた

ゆびさきにつままれているひとかけの冷凍みかん近づいてくる

カナッペのイクラがすこしこぼれそう「こぼれそうね」と君がわらって

ふたりでも食べきれないとジャムにした瓶の中身はあと少しだけ


モノレールいちばん前の車窓から太陽の塔どこかまぬけで

ソラードのベンチに座り耳すます集音器からジェット機の音

順番に覗いた森の万華鏡少しショボくて首を傾げる

あっさりと色のトンネルくぐり抜けつないでる手をもう一度見る

手は離れ展望塔へ先歩くポニーテールはふわり揺れてる

日時計に自分の影を映してる 閉園まであと一時間

青空の余白のようにつまさきをきみはぽーんとほうりだしている

わた雲をきみはしずかに見あげてる ペットボトルのキャップをしめる

新しい観覧車なのにここからは懐かしい観覧車見ている

ピンクレモネードのジャグジーではしゃぐ黒い顔した太陽の塔

きみのなか僕の居場所はわからずに新大阪を過ぎてしまった


(振り返る)ゆるいアーチの少し濃い眉に見惚れて少したじろぐ

つば広の帽子くらいじゃ隠れない悪戯っぽい瞳がはにかむ

瞳と同じ濡れ羽色した髪が隠す小さな肩の後をついてく 

*濡れ羽色 ぬればいろ

おずおずとさくら貝した指先を迎えにいけば腕がからんだ

把坦杏の薄皮色の唇が「待ってた」と言いくすくす笑う

*把坦杏 はらんきょう


夏列車乗り継ぎながら海に来た終業式のすぐあとのこと

「つまんない」あとさきばかり考えるぼくを見透かしきみは裸足に

濡れるのをためらうぼくをよそにしてざぶざぶ波をきみは踏みだす

もしかして引き返さないと思わせるそんな背中が少し恐くて

気がつけば裾もまくらず足うらがやけどしそうな砂を蹴ってた

振り向かずときによろける強がりのきみの手のひらこわばっている

「来てくれた」白い歯こぼれここに来た意味を見つけてそっととけだす


ぼんやりと江ノ島のほうながめてる(聞き分けのいいふたりのままじゃ)

汐騒に耳は海へと傾いて風がおまえの黒髪さらう

夏がゆくかるはずみには触れられずなかない猫の瞳をしてた

絵と夢のなかのきみとも視線だけ合わさなければ透明になる

どうすれば残せるだろう木炭できみなぞりつつパンをかじった

この部屋のカーテン越しのやわらかい光の入りかた好きだった

簡単に触れてよかったのかなって時おり思う ここは静かだ

オレンジとネイビーの海すこしずつ沈んでしまうイーゼルの足

秋が立つパレットナイフを手にもせず搾った絵の具ため息こぼす

久々にきみの名前を口にして音にしてみた(これはいけない)

爪先がなにか倒して牛乳の空パックかと許されている

この部屋でずっとこうして眠りたいそれでも夏は夏はまた来る

絵のなかのきみは今なおこの部屋に汐のかおりを残したままで


ひと雨が過ぎて見馴れた駅前の街のにおいともてあます傘   

ふりだしに戻れるのかな布引の赤いゴンドラふたりを揺らす

坂くだる影を追うのはたやすくてでもなぜだろう花を見つめた   

いくつもの言葉をのみこみ聞き分けのいい僕たちはアネモネを摘む 

うつむいた左足から影は伸び祈りのように膝立ちしてる   

哀しさ悔しさ寂しさ愛しさのどれを選ぼう 雲が過ぎてく


噴水の水は抜かれて童心に返れそうにもない公園で 

さよならとありがとうとが言えなくて伝わるように唇をかさねた

団地前いつものバスを見送って二度とは来れない駅までを歩く


自動ドアふしゅーとひらき雨上がりの金木犀がホームをつつむ 

ぼんやりと見てる石榴とおなじ色おなじ高さの[止まれ〉の標識

思い出にしまわれはせず猫間川 暗渠の上をのらねこがゆく

警告のようなものかな石榴の実を肩すれすれにカラスが落とす

もう同じ駅に降り立つことはない よう忘れられん発車メロディ


町家カフェの格子を通すやわらかい光の入る午後3時過ぎ

和三盆ソーダを君が頼むから「同じものを」と口にしている

「溶けないね」「まざらないね」とふたりして細いスプーンでかきまぜている

気の抜けた問いかけ「甘い?」「わかんない」十かぞえたら君に告げよう

四条大橋の下までふたりとも言葉少なに流されてきた

鴨川を見つめるきみのそのさきに波紋がひとつふたつみつよつ


アーバンライナーもうすぐきみの街だから紙飛行機をしゅるりと投げる

「いま弥富」→「もうすぐですね」→「前のとこ?」→「覚えてますか?」→「もちろん(たぶん)」

金時計の4本エスカレーター昇ればおろしたてのパンプス

なんとなく昭和男子にゃこそばゆくきみが先ゆく桜通線

地下街をきょろきょろしつつ思うのはなんばウォークのわかりやすさで

見下ろした水の宇宙船へ乗ろう ここは地上100m

さっきまで居たテレビ塔見上げてる 揺らめく船に今ふたりきり

銀色の月の滴の形したベンチに座る 靴がぶつかる

願い込め川面を跳ねる石のよう 一段飛ばしに近づいてゆく

噴水の向こうに見える観覧車 こんなぼくでも漕ぎだせるかな

楡の木が姿を変える街並みの風にまぎれて話をしよう

透明のゴンドラのなかゆるゆると時計回りにふたりは進む

すれすれの天象儀はふたりへとくす玉みたいに星をばらまく

*天象儀 ブラザーアース

リフトオフ夜のまんなか貫いてきみを火星に連れてゆこうか

タクシーが何も聞かずに月面へ送り届けてくれたらいいな


バーボンじゃバノックバーンにならないねなんてレモンを浮かべてる夜

ふゆざれてまぶたに映る銀河へと投じた星は波紋をえがく

ギムレット きみがライムを搾ったらすねたティンクが飛びさっていく

紫水晶僕は今宵は酔わないと月の女神に伝えておくれ

*紫水晶 アメシスト


泣きじゃくり詫びる彼女を彼が手で包むから抱くって書くんだな

むかしよく父に連れられた今はもうなき中華屋に似た佇まい

水槽の二尾は優雅にお辞儀してゆひらゆひらとディスカスダンス

*二尾 ペア 

追星が現れだしたらんちゅうの腹を押さえて放精をみる

秋晴れにぼんやりしたら鮮やかな縦列駐車してきた人よ

あおによし何度もお辞儀するシカにボクも何度もお辞儀を返す

割烹着姿が妙に艶っぽい木村多江とかあなた好きでしょ

「たかしくん段違いやん!」そう言ってくれてたアイツ来てるといいな


オレたちはどこで間違えたのだろう「Crossroads」を掻き鳴らしてる

誕プレのクラリネットのタイピンを今でもたまに使ってるんだ

黒目がちの二重まぶたでのぞきこむ子犬のような視線をそらす

昨日からきみが足りないこの街の終電降りて深呼吸する

木枯らしにコートの襟を寄せながらきみとわけあうマフラー思う

駅ナカのきみと過ごしたこの店で「sad cafe」とか口ずさんでる

浮寝鳥橋の上から眺めてはそうかなときみそうだよとぼく

誰のため咲いていたのか夜をむかえハナカンザシは静かにとじる

もう一度すこしくだけた下の名で呼ばれる日々が訪れたなら

(まだあった)ここはふたりが暮らしてた幸町のアパルトメント


とれないよ瞳の奥に染みついたきみが知らない背中のほくろ

あたしたち食べあうようなくちづけをして無花果の皮を剥ぎあう

(ひきよせる)やがてうすれるいとしさのたったひとつも忘れぬように

まだ胸がそっと揺れてる三年目あれからきみはどうしてますか

すこしだけつま先立ちでドアの外リースを飾るきみが居た部屋 

何げないきみのひとこと感じれる思いがけない今日があること

降りてすぐ次の準急待っている 前に降りたの二年前かな

傘がない11月の雨のなか最後の坂を下る終バス 


風浪に櫂を失う沖の太夫ちぎれた愛を呼び戻せたら

*沖の太夫 アルバトロス

「痛いでしょう」あなたの声がしゅるしゅると耳をかすめたような気がした 

雷鎚で神が刻んだ墓碑銘の心響の文字に雨ふりそそぐ 

*墓碑銘 エピタフ *心響 こどう

日曜の午後六時には日本中鍋いっぱいのバーモントカレー  


雨虎俊寛