しだくは不遇を託っている。 「その原や野風にしたくかるかやのしどろにのみの乱ける哉」 かつては、平安時代の堀川百首で藤原仲実に読まれたこともあった。ここが人生のピークだった。しだくの旧名はしたく。「拉く」と書き、動詞の連用形に付いて複合語を作るために存在する。本来は、荒れる、乱れ散るの意味で使われることが多かった。 今となっては、いつ、誰が使い始めたかも定かで無いが、もうひとつの用例があまりにも人口に膾炙し過ぎてしまったために、口にするのもおぞましい、気恥ずかしい言葉と成り果
「完璧な日曜日の反対語、って何だろうね」 ヒロが突拍子もないことを言うのには慣れていたはずだった。不思議ちゃんを気取るわけでもなく、突然おかしなことを言うのは、知り合った頃からのことで、美しい眉根に皺を寄せて、ぽつりと呟く言葉は、天啓のように私の心を直撃し、ヒロの魅力を増量させた。 全身から嫌な汗が噴き出た。ここで、「不完全な水曜日」などと凡庸な言葉を吐いたら、捨てられるのは目に見えていた。そもそも、日曜日の反対が水曜日なのかどうかも分からない。今は、ようやく手に入れた
唾鬼 たっぷりと泡だった生暖かい唾液と共に、微かな甘味のする何かが、口に運ばれる。残っているざらついた粒で、それが粥だと分かり吐き出そうとするが、匙で止められる。再び吐き出そうとするのを、押し戻されるので、仕方なく飲み込む。 「いい子ね、レイ」飛び切りの笑顔で母が微笑む。 これがレイの、生まれて最初の記憶だ。 ベビーチェアに固定され、目の前に陣取った母が、自分の口でぐちゃぐちゃに咀嚼した粥を、匙に吐き出してはレイの口に運ぶ。粥の後は、野菜の煮物や豆腐も。 前世や胎内の
「紙×Instagram」でおくる新しい日本語フラッシュフィクション専門週刊誌に参加しました。雨田はな「すみれ釦店」 CALL magazine(@call.zine) | Instagram i
―だめじゃん、ちゃんと拭けてないよ。 二の腕を捕まれた。肩先の水滴をケイさんが拭く。ジャスミンの柔軟剤の香りの、毛足の長いタオルを押し当て、貴重品を扱うように、そっとそっと。髪より細い繊維で出来た、ポリエステル八十パーセント、ナイロン二十パーセントのマイクロファイバーが柔らか過ぎて、足元から力が抜けてしまう。 ―あ、ありがとう。 ―風邪引くよ。髪も濡れてる。はい、やり直し。 ほつれて濡れてしまった髪を解いて、頭の上から掛けたフェイスタオルで、今度は力強くリズミカ
BFC4 1回戦Bグループ|ブンゲイファイトクラブ BFC|note 雨田はな「踏みしだく」こちらで読めます。