連載小説「ぬくもりの朝、やさしい夜」10

投稿10 さくらーきたない

お屋敷に着いたらまず手を洗う。
洗面所がいつも綺麗ですごいなと思う。
うちの家はいつだってなんか汚い。
お屋敷のハンドソープの匂いが大好き。
おひさまの下にひかれたお布団の匂いがする。

手を洗ったらお教室の子と
そうじゃない子に別れる。
今お教室に行っている子たちはみんなピアノ教室だけ。他のお教室はお裁縫とか手芸とかだから子どもは基本ピアノだけ。ピアノは凛さんに教えてもらってる。お教室には通っていない子もいる。

わたしは通っていない子の1人。
あすみは通っている子の1人。 

うちはお金がなくてお月謝が払えない。
あすみの家は払える。
それだけ。

今日は月曜日だからあすみはお教室の日。
わたしは2階の勉強室へ
あすみは1階の音楽室へ

「ああ〜めんどくさい。凛さんは好きだよ?ピアノがめんどくさいの。わたしはさくらと一緒にいたいよ〜。先週は全然練習できてないし、わたし下手くそだし。めんどくさい〜。」

「じゃあね〜」

あすみの「めんどくさい」の一言が
わたしの心の汚い部分に打たれていく。
「うらやましい」という
1番持ってはいけない気持ちに
何度も強引に蓋をする。なんて汚い気持ち。
最近はもうそれに精一杯だ。疲れた。

勉強室に上がったら蓮と卓也兄ちゃんがいた。

「俺はさ、もっとぎゅって、腕と鉄棒をね、ぎゅって近くにしたいの。」
蓮が細くて小さい腕で空間を掴んでる。
「ぎゅってするのか〜。どうやったっけなあ〜。なんかこう、空を走る感じだよな!」
「空を走る〜?変なの〜!」
「あ、さくら!こんにちは」

卓也兄ちゃんが入り口で2人の背中を
突っ立って見ていたわたしに気づいた。
「こんにちは。」
下を向いて答えた。

蓮はまだ話し続けた。
逆上がりの話だと思う。多分。

「いち、にの、さん!で足をぎゅっ!って後ろにやって、ぐ〜って逆さまになって、でもそのとき腕がさ、び〜んってなるんだよ。最悪。」

わたしも10歳の時はこんな感じだったんだろうか。2歳しか変わらないのにこんなことを思うのは大人じみてるみたいで嫌になるけど、「幼いな」と思う。

「さくらは逆上がりできんのか?」
ランドセルを開けたとき、卓也兄ちゃんが
わたしの方に寄ってきた。

「できたよ。前は。今は、知らない。」
黙って連絡帳を開いた。
無性にいらいらした。

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