連載小説「ぬくもりの朝、やさしい夜」(仮)
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佳奈ー病院2ー
はっとした。空の青はまだわたしをじっと見つめていた。あの声は誰だったんだろう。手先が無意識にぴくりと動いた。そっと指を手のひらに集めてみる。するとまるで関節が凍ってしまったかのように、あまりにもぎこちなく動いた。指を曲げるだけで精一杯だった。
足を動かしてみることにした。でもおかしい。動かない。足ってどうやって動かすんだっけ。そんな疑問を生まれて初めて持った。すると機会音がぴっぴっとかすかに鳴り始めた。
機会音は少しずつその間隔を狭めていき激しさを増した。そして遠くからパタパタと足音が聞こえた。誰かが来た。右手にその手が触れた。わたしの手は本当に凍っていたようだ。自分の手の冷たさと誰かの手の温かさが一瞬にして感じられた。
「木の間さん?木の間佳奈さん?わかる?わかるかな?ここ病院です。東京の病院です。あなたは先ほどこちらに緊急搬送されました。」
「え...」
音にならない声が出た。
「お名前言えますか?わかりますか?」
「このま...かな...です」
今度は音になったらしい。そういって女性の看護師さんがわたしに笑いかけたから。
しばらくは意識がはっきりしなかった。白衣を着た医師や看護師が出たり入ったりを繰り返していた。そのうちにだんだんと手足の感覚を取り戻していった。その日の夕方には上体を上げて歩くこともできるようになった。
そしてわたしは診察室に呼ばれた。医師から告げられた言葉はわたしの予想をはるかに超えて、思考が、呼吸が、わたしを取り囲むあらゆる「時」が止まった。
「木の間さんは昨日の夜、江の山の山道で倒れているのを通行人が発見し、ここへ運ばれました。我々はすぐに検査をしましたが木の間さんに外傷は全くなく、検査に異常もありませんでした。至って健康な状態です。それはご安心なさってください。」
「江の山。倒れた。異常はない。」
いつからかわたしは医師から告げられる言葉を繰り返していた。
「木の間さん、どうして夜に江の山に行ったのですか?」
「え」という言葉のあとの頭には何も言葉が浮かばなかった。わたしは江の山に行ったという記憶がなかったのだ。
「覚えていません。」とかすれ声で答えた。30代前半くらいの若い女性の医師は
「わかりました。無理に思い出さなくて良いですよ。疲労だと思います。ゆっくり休んでください。」
とパソコンに向かってそう言った。
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