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ずっと気になっている3人の宇宙飛行士のはなし

2001年頃、『ザ!世界仰天ニュース』か『奇跡体験!アンビリバボー』か何かで「実話を基にした再現VTR」として流された映像のことがずっと気になっている。記憶にある映像の具体的な中身はこうだ。

・宇宙ステーションに滞在する任務のため、3人の宇宙飛行士がスペースシャトルで地球を出発した。船長の白人飛行士は、自分の仕事に誇りを持つ家族思いな父親である。操縦士の黒人飛行士は凄腕のパイロットだが、人種的な軋轢もあり船長と仲が悪い。そんな2人の関係を3人目のクルーである数学の天才児がいつも上手くケアするのだった。

・多少のいざこざがありつつも3人は宇宙ステーションに到着し、日々の任務をこなす。何日か経った頃、突然船内に何らかの爆音が響いた。調査の結果、隕石か何かが衝突したことにより宇宙ステーションの角度が変わり、電力を供給する太陽光パネルに上手く光が当たらなくなったことが分かる。

・電源を喪失したために冷暖房や照明が切れた宇宙ステーションの中で、3人の宇宙飛行士はこれからの対応を協議する。電気がないことには、地上と交信して対処法を仰ぐこともできない。上手く姿勢制御ができなくなった宇宙ステーションはこのままだとどんどん高度が下がり、最終的に地球へ落下するだろう。このような事態に対処するため、宇宙ステーションには地球へ帰還するための脱出カプセルがあらかじめ備わっている。

・極寒の宇宙ステーションに長居することは生命の危機に直結する。酸素もいつまで保つか分からない。船長はリーダーの職務として他2名のクルーの命も守らなければいけないため、カプセルで脱出することを提案した。しかし操縦士はその提案を頑として受け入れず、ここで宇宙ステーションから撤退することこそが職務の放棄だと反論する。

・操縦士は3人目のクルーにも脱出するよう説得されるがそれでも折れず、「いいか、俺たちが脱出してコントロールを失った宇宙ステーションは、お前の大切な家族の住む家に落ちるかもしれないんだぞ」と船長へ啖呵を切る。操縦士は、船長の家族思いな部分をちゃんと見ていた。操縦士の気持ちに感化された船長は脱出を取りやめ、宇宙ステーション内で解決策を探ることにする。

・検証の結果、宇宙ステーションに接続したままの状態で脱出カプセルのスラスターを吹かせば、太陽光パネルの向きを正常に戻すことが可能だと分かった。しかし、脱出カプセルのスラスターは、地球へ帰還する際の大気圏再突入時に突入角度を調整するものであり、宇宙ステーションのような大きな物体を動かせばすぐに燃料が尽きてしまう。そのため、この方法で問題を解決することに失敗した場合、カプセルで脱出することは不可能になるだろう。宇宙飛行士たちはそれを覚悟の上、この方法を試すことにした。

・宇宙ステーションの角度を正しく調整するためには、スラスターの噴射時間を正確に計算する必要がある。電力の失われた宇宙ステーションの中、数学の天才児が星の位置を目視で確認し、その情報を紙に鉛筆で計算することで正確な噴射時間を割り出した。計算によると、きっかり3秒間スラスターを吹かせば正しい角度に戻すことができる。

・3人の宇宙飛行士は脱出カプセルへ移動し、ついにスラスターの操縦を始めた。船長は計器類を見張り、操縦士は操縦桿を握り、数学の天才児は窓から星の位置を確認する。操縦士は左手に持ったストップウォッチを見ながらスラスターを吹かした。1……2……3……!スラスターの噴射によって宇宙ステーションが回転し、その角度を数学の天才児が確認する。

・だが、太陽光パネルの角度は正常に戻らなかった。何が問題だったのか?実は、操縦士は3秒間スラスターのボタンを押しっぱなしにしなければいけなかったところを、1秒ごとにボタンから指を離してしまっていたのだ。自分を責める操縦士に対し、今度はこちらが勇気づける番だと言わんばかりに、船長が優しく励ます。

・脱出カプセルの燃料は残り少ない。数学の天才児が再計算した結果、もう1秒間スラスターを吹かすことで、正確に角度を修正できることが分かった。船長に勇気づけられた操縦士は再び操縦桿を握ると、きっかり1秒間スラスターを噴射した。

・ゆっくりと宇宙ステーションが回転すると、窓から太陽の強烈な光が脱出カプセルの中に差し込んでくる。成功だ。太陽光パネルの発電により正常な機能を取り戻した宇宙ステーションの冷暖房や照明が復活する。3人の宇宙飛行士は抱き合って喜び、そしてその後何日間かの任務をこなした後、交代要員の乗ってきたスペースシャトルで帰還するのであった。

こういう筋書きの映像である。しかし、冷静に考えるとこの話はいろいろと不自然だ。まず、「実話を基にした再現VTR」という記憶だったが、宇宙開発の歴史をひもといてもそれらしきエピソードが見当たらないのである。

ただし、近いものならば、1997年に宇宙ステーション・ミールで発生した衝突事故が挙げられる。これはプログレス輸送船が宇宙ステーションにドッキングする試験を行っていた際、誤って衝突事故を起こし太陽光パネルを破損したというものだ。実際、この事故でも脱出カプセル(地球との往来に使用していたソユーズ宇宙船)を接続したままスラスターを吹かすことにより宇宙ステーションの回転を安定させ、問題を解決する糸口とした。「電源を喪失し、地上との交信が不可能になる」「星の位置を目視で確認し、調整すべき角度を計算する」などの出来事も再現VTRと共通している。

大きな違いは、当時ミールに滞在していたのはロシア人宇宙飛行士2人とアメリカ人宇宙飛行士1人だったことだ。いずれもコーカソイドであり、記憶にあるように白人と黒人のチームではない(ただしこれは、再現VTRを見た当時の僕が小学3年生だったために東西の軋轢を上手く理解できず勝手に肌の色の問題だと誤解して記憶していたためかもしれない)。それから「仲の悪い船員が船長を一喝」「数学の天才児が大活躍」といった印象的なエピソードも事故の記録の中には見当たらない。

また、ソユーズのスラスターを吹かして角度を調整したことは本当だが、記憶の中にあるように、燃料切れが迫る中限られた回数しかチャレンジできないような切羽詰まった状況ではなかった。実際はこのように一発勝負の様相を呈したものではなく、短い噴射を何回も繰り返して角度を調整したものであったという。

そもそも、「3秒間スラスターのボタンを押しっぱなしにしなければいけないのだが、1秒ごとに手を離してしまった」というミスはあまりにもお粗末に感じる。まさに生死がかかっている状況で、このような重要事項の伝達にミスがあるだろうか(いや、宇宙開発においてこれに類する大ミスが発生していることは知っているが、しばしば発生するようなものではないはずだ)。そもそも「3秒間押しっぱなしで解決」というのも、実に単純で分かりやすすぎる対処法である。

これらの不自然な点から考えるに、おそらく、僕が見たと記憶している映像は再現VTRではなく「実話を基にしたフィクション」だろう。ミールの事故をベースにアポロ13号なんかのトラブルをいろいろとつなぎ合わせて作られた感動的な寓話としか考えられない。

しかし、仮にそうだとしたら、なぜフィクションのVTRが放送されたのだろうか。『仰天ニュース』にしても『アンビリバボー』にしても、基本的には実話を取り扱う番組である。それとも、それに似たフォーマットでフィクションの物語を放送する特番か何かを見たのだろうか?このあたりは、実際にどんな放送だったのかを確かめる資料がなければわからない。わからないなあ。わからないですね~。わからないと思います。本当のところはわからないままでいてほしい。

<ヘッダーは志村貴子『敷居の住人』7巻P190より。>

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