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木犀の場所

 そろそろ衣替えだし、日差しがなければもう寒いだろうか けれどこの季節に着るバイクウェアを持っていなかったので、長Tにデニムのシャツで走り出した。午後2時。なんとオートバイのエンジンをかけるのは半年ぶりだった。

 国道を南東に進む。
 天気がよくて全然寒さは感じなかった。後で知ったんだけど、今日は中秋の名月。出る前にクラッチワイヤーにオイルを染み込ませた、タイアの空気はチェックしてなかった、燃料は満タン。カメラは…忘れた 必要ならばスマホのカメラ。調子悪いけど接写ならばなんとかなる。

 久しぶりに山間のカフェ。ブーツを脱いで板張りの廊下。ガラガラと引き戸を開けて中に入る。
 「あら、おひさしぶり」
 「はい、ごぶさたです」
 「どこに座る どこてもいいのよ」
 「え~っと その手前の席に」
 「コーヒはフレンチ?」
 「はい、お願いします」
 と、僕の前にほうじ茶とおつまみ?が置かれた。 
 「今日は梨があるのと、栗を湯がいたから 食べる?」
 「今年の栗はみんな小さいですよね」
 「そうなんだけど、今日のは大きいのよ」
 「いただきます」

 僕の他に四人。みんな地元の常連さん。曼珠沙華がきれいだったとか、晩御飯は何にしようかとか…。
 オネエサンは珈琲の入った金色のカップを僕の前に置くと、向かいの席に座って菜切り包丁で大きな茹で栗を半分に切ってくれた。

 ホクホクで美味しかった。

 「日が落ちる前に帰ります」
 「また来てね」
 「はい、また来ます」
 外に出るとあまい匂いがした。
 「金木犀ですか?」
 「そこ」
 と指した方を見ると、もこもこと小さな白い花が咲いていた。
 「銀木犀? 早いですね」
 「うちのは早く咲くのよ。これでも今年はちょっと遅いんだけどね」
 「秋ですね」
 「まだしばらくは暖かいみたいだけど」

 それではと言って走り出した。

 帰りは国道が渋滞で、帰り着くとすっかり夜になっていた。

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