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親切とは親を切ると書く

 少し難しい話をしようと思う。
 上手く言語化できない感情の話だ。

 今日、私は人生をサボるためにゲームセンターへ行っていた。
 UFOキャッチャーと言う、店舗側が機械に無作為に乱数を定め、実力勝負のように見せて実はアームの強さが強いパターンと弱いパターンを用意し、時折成功体験を覚えさせることで人間を射幸心の沼に引きずり込む悪魔のゲームへ興じていた。

 500円硬貨を当該機器の幅2mm程の投入口へ投げ捨てた。こうすることで、店舗側が以下略のアームの操作が6回可能となる。私が狙ったのは大好きなモルモットを模したキャラクター「モルカー」の大きなぬいぐるみである。しかしながら、6度の試行も虚しく、モルカーの獲得には至らなかった。

 暫くうなだれだ後、寂しく後ろを振り向く私であったが、意にも解さず、後ろに並んでいた子連れの若妻が次の挑戦者として当該機器の前に立ちはだかった。そしてなんと、たったの一度の試行により、見事モルカーを勝利の穴底へ突き落とした。

 私は確かに見た、モルカーを支える強靭なアームの姿を。邪悪な乱数をも味方に付け、理不尽な戦に瞬時に白星をあげた若妻の姿は気高く、高貴であった。拾い上げられたモルカーはすぐに息子の小さな手の中へ収められ、息子を狂喜乱舞へ誘った。私も後ろから大いに祝福し、若妻の栄誉を讃えた。

 その姿に、私は勇気を貰った。当該機器は前述の通り以下略であるが、次こそは自分が、の感情が湧き出て抑えられない。私はすぐに新たな挑戦者として当該機器と対峙しようと歩み出た。

 はずだった。しかしながら、目前の若妻は引き続きその場を譲らず、当該機器へまたもや硬貨を降下する。(爆笑ポイント)
 そして息子に言う。「ママもうそれ要らなーい!」

 若妻よ。生き急ぐな。一度の成功体験に溺れるな。次も獲れると高を括るな。当該機器の攻略は容易ではないぞ。賭博に身を滅ぼす典型的パターンの発生を前に、私は声をかけることすらままならなかった。

 若妻は息子に紙幣を手渡し、両替を促す。賞味5歳程度の息子は覚束ない手つきで紙幣を硬貨へ変換し、若妻の元へ走ってきた。若妻はそのまま硬貨を総て当該機器へ流し込んだ。

 目を逸らすことなく、何度もモルカー獲得の為に試行する若妻。とてもではないが上手とは言い難いアームアプローチ。だが、応援せずにはいられなかった。息子は既に手元にあるモルカーを地面に叩きつけて高らかに笑っている。

 時は流れ、若妻の手から2,000円が消えた頃であろうか。突如モルカーは天を舞い、その姿勢を保ったまま華麗に滑空し、栄光の奈落へ垂直に落下した。ついに若妻は、目標を獲得したのであった。

 相変わらず後ろから応援していた私は、会場の喧騒に負けない程の声量で騒ぎ立てた。「お母さんやったーーーー!!!」と。先程と色違いのモルカーを拾い上げ、達成感と充実感に満ち溢れた面持ちの若妻が振り返る。

 そして、そのままモルカーを私に差し出す。

 「あげる!これあげる!あースッキリした!」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔と言うか、成人男性がモルカーを手渡されたような顔そのもので、私は固まった。左手に握っていた100円硬貨10枚が落ちないように、胸元にあるモルカーをそっと支える。

 颯爽と立ち去る若妻を追うことは出来なかった。若妻の意図を汲み取るのには少々の時間が必要であったが、私はなけなしの頭脳で考え、そして合点に至った。そもそも二回目の挑戦が始まった時点で、若妻は私のためにモルカー獲得に向けて立ち向かってくれていたのだ。

 そしてきっと、若妻も当該機器が乱数によりアーム強度を変えている仕様を理解していたのであろう。私が何度か挑戦した直後の一度で目標を獲得したことで、後ろめたさを感じていたのかもしれない。決して求めていた訳ではないが、その罪滅ぼしのためにこのような配慮をしていてくれたのであろう。

 その場では前述のような考察はできておらず、単純な謝辞しか述べられなかった。だが、それでよかったのであろう。この行動は、若妻の一種の「カッコつけ」であった筈なのだから。私は単純に喜んでいるのが正解であったのだろう。私は手の中に収まる温もりに陳謝した。

 だが、不思議なことに、私はスッキリしていなかった。楽をして目標に辿り着いてしまった事実が、私の期待を大きく裏切ってしまった。恐らく私が当該機器へ挑もうと決めた瞬間から思い描いていた未来は、“努力の末の達成”であったのだろう。

 そうだ、私の目的はモルカーを手に入れることではなかった。モルカーを“勝ち得る”ことだ。

 得意気に立ち去る若妻の、善意がもたらしたこの悲劇に、私はますます立ち尽くすことしか出来ずにいた。幼子が何事も自分でやりたがり、それをさせてもらえないと苛立ちの余り泣きじゃくるあの感情が、痛いほど良く分かってしまった。空回ってしまった親切は、子どもの意思と衝突し、親の善意をも切り付けかねない。

 私は自分の感情を理解するのにあまりに必死であり、機械音ひしめく騒々しい会場の中、大きなため息を吐いてしまったことに気が付かなかった。若妻の息子が手に持つモルカーは、地面に何度も叩きつけられ、既に浅黒く汚れてしまっていた。

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