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短編小説『スロット』

『あの女またばか勝ちしてるらしい』
『またかよ』


パチスロ屋の近くの牛丼屋で二人は話す。


『もう3箱?』
『いやもう4箱だったよさっき見たとき』
『夜までぶん回せば万枚は余裕だな』
『まじであの女なんなんだろうな』
『さあ?店長の愛人じゃね?』
『愛人がわざわざスロット回しに来るかよ、しかも朝から』
『おれなんてもう5万いかれてる』
『おれも3万』
『でも挙動悪くなさそうなんだよ設定4はあるはず』
『先週もそれ言って8万やられただろ』
『今日のはちげえよ』


男たちは何かに追われるように牛丼をかきこみ、店内に戻ると女は5箱目をメダルでいっぱいにするところだった。



青木さくら。
25歳。女性。年齢よりも若く見られがちで、未だにお酒を買おうとすると年齢確認されることもあるぐらいには童顔だ。

趣味はお酒とパチスロ。

おっさんのような趣味を持つ彼女は今日もスロットを回していた。



朝一から天国に入り、連チャン。
終わりそうになっても引き戻したり、レア役を引いたりし、午前中だけで6000枚である。

「やっぱりこの店はいいね」

ARTを消化しながら彼女はボソッと呟いた。

「でもまあ今まで負けた分はこんなんじゃ取り返せないけどね」

慣れた手つきで右、左、真ん中とボタンを押した。



私のギャンブルのルーツを辿ると、お父さんと何年も前に付き合っていた彼氏の二人の影響だと思う。

父親は大のスロット好きでいつか自分の店を建てたいと語るほどの筋金入りであった。たしか毎週末、朝からパチスロに行っていた。そんな父親は私が5歳の時に離婚をし、その後、女手一つで育てられた。
正直、父親の記憶はパチスロが大好きということぐらいしか覚えていない。


そして元彼も、なぜ付き合ったのかなぜ別れたのかもあまり覚えていないが、ギャンブルを教えてくれたことは鮮明に覚えている。

最初は競輪や競馬、競艇などを一緒にやったが、全く面白いと思わなかった。むしろなんでこんなものにハマるのかよくわからないと思っていた。

しかし、彼と一緒にパチスロ屋に行き、そこでギャンブルの楽しさを身を持って実感してしまった。勝つことの快感を味わい、お父さんがハマっていたことにも共感出来るようになってしまったと若干の罪悪感のようなものも感じたのは覚えている。
正直、パチスロで無くても"勝つ"という経験をすれば、どのギャンブルにもハマっていたと思う。私はたまたまパチスロだったというだけな気がしている。というか今となって思う。

彼とは別れた後もパチスロと別れることはなく打ち続けていた。

そんなこんなでもうトータル5.6年は打っている。はず。

好きで打っているだけで、決してスロットがうまいわけではない。おそらく収支は余裕でマイナスだ。年間100万ぐらいは。5年だとしても...。うん、負けてる。



でも最近は調子がいい。



この"優良店"に出会ってからだ。


半年前、普段とは違ったお店に行きたいと思い、ふらっと立ち寄ったのがチェリーアイランド。
チェーン展開などはされておらず、1店舗のみのパチスロ店。全100台ほどの比較的小規模のお店である。


最初来た時はなんとなく打ったジャグラーであっさり500枚ほど勝った。ジャグラーが強い店は他もそこそこ強いだろうという目論みから何度も足を運び、かなりの確率で勝っている。


なぜか勝てる店。


「勝てるスロットは楽しい。」

お父さんがこんなこと言ってた気がする。


そして


今日も勝てそうだ。






チェリーアイランドの店長である鈴木は防犯カメラに目をやる。
スタッフが忙しなく動いているのが伝わる。


そして彼女が打っているのも見える。後ろに箱が積まれているのを見ると勝っているのだろう。


『これが罪滅ぼしか...』


鈴木はボソッと呟いた。



半年前、その女はうちの店に来た。

初めて見る顔だったが、どこか見覚えのあるような幼い顔だった。いや明らかに見たことがある。疑惑を持った鈴木は年齢確認ともっともっぽい理由をつけて、身分証の提示をお願いした。童顔であったため怪しまれなかったはずだ。


慣れたように出してきた運転免許証には

【青木さくら 平成6年8月30日生】

と書いてあった。



そこで鈴木は確信した。



『おれの娘だ』



20年前に離婚をし、親権は嫁のものになった。おれのギャンブルが原因で離婚になったのだからそれは当たり前ではあったが、そこから1度も会うことはなかった。
というか合わす顔がなかった。

なぜさくらがスロットなんてやっているのか。おれのせいでてっきり嫌いなものかと思っていた。まさか、スロットが原因で別れ、スロットが原因でまた出逢うとは。


その日は閉店間際で500枚ほど勝って帰った。

そしてその次の週末もうちに来た。


娘が会いに来たような感覚。


その日、さくらは負けそうになっていた。午前中で3万円は投資していたはずだ。


鈴木はこう思った。



『負けたら二度とこの店に来てくれないのではないか』



また娘に会いたい。そう思った鈴木は今までほとんど使ったことのない遠隔機を使用した。その後、午後からはポンポンと当たり、無事プラスで終え、笑顔で帰っていった。

娘の笑顔を久しぶりに見て目頭が熱くなったのを覚えている。


娘にはどうしても勝たせなければならない。それが父親のいない人生を送ってきた娘への罪滅ぼしだと考えた。


毎週末のようにうちに来るようになった。そして、鈴木は負けそうになると遠隔を使用し、娘を勝たせるようになった。



スタッフ『店長相談なのですが』

鈴木『うん、どうした?』

スタッフ『ちょっと最近出しすぎじゃないですか?』

スタッフ『うーん、設定は決めた日にしか入れてないけど』

店員『そうなんですか?』

鈴木『どうして?』

スタッフ『いやてっきり遠隔でもやってるのかと』

鈴木『遠隔なんてないよ』

スタッフ『あの若い女性客。毎回勝ってませんか?』

鈴木『ああ、あの常連?』

スタッフ『はい、そうです。さっき移動して今はジャグラーの島の角にいますけど。あの女性って勝ちすぎてませんか?』

鈴木『そうかな?ごめん、わからない』

スタッフ『ちゃんと集計を取ったわけではないですけど、今月は確実にプラスですよ。しかも結構なプラスです』

鈴木『引きもあるからな...』

スタッフ『まさか店長...あの女性客に設定のある台を教えてるとかじゃないですよね?』

鈴木『なにを言ってるんだ。もう50を過ぎたおっさんだぞ?そんなわけないだろ』

スタッフ『でも店長独身じゃないですかー。』

鈴木『いいから仕事戻って』

スタッフ『でもほんとにこのままだと他の客からも不審に思われますから気をつけてくださいね』

鈴木『わかった、ありがとう』


それでも遠隔をやめるわけにはいかない。娘に会えなくなるわけにはいかない。

強く拳を握った。



チェリーアイランドを出して、もう10年ほどになる。


名前の由来はスロットではかかせないチェリーという役が好きだからとしているが、実は娘の名前である『さくら』からも拝借しているのであった。

そもそも娘の名前をつける時にスロット役のチェリーからさくらという名前にした。嫁の反対を押し切って半ば強引につけた名前だ。そして、いつか店を出すときは店名にチェリーをつけようと思っていた。



子の名前の由来が自分の店の由来になったのだった。






事務作業を終え、ホールに出る。いや、さくらを見に行く。



先程と台を移動したのかさくらはマイジャグを打っていた。

何度も後ろを通り過ぎながら横目で見ていた。



しばらくして彼女は中段チェリーを引いた。

確率は3276分の1の超レア役だ。


『今日は遠隔してないのに』


鈴木は笑いながらボソッと呟いた。






今日もさくらは勝って父親の店を後にした。




(おわり)


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