見出し画像

【お題小説】一言

 ああしまったと思ったが一度発せられた言葉は取消不可だ。相手が気にもかけずスルーして、そのまま忘れて欲しいと思う。けれど目の前の彼女はきっと私が言ったことを誰かに話すだろう。そして下手するとまわり回って微妙な人物の耳に入る。

「ラブラブで羨ましいなぁ」
 休憩時間にスマホに届いた夫からのメッセージに返信したら、偶然一緒にお昼を食べていた彼女が言った。
「そっちも彼氏さんいるじゃない」
 彼女はバツイチだが恋人がいる。
「結婚してるのとは全然違うわよ。頼りになる人が人生を支えてくれる安心感よね」
「頼りになればね。ならない相手なら安心感はないよ」
「そんなことないでしょ」
 安心感という言葉を使われ、どうしても肯定したくなかった。

「DVまではないけど、まあ色々面倒なのよ」
 本当に面倒だ。さっきのメッセージも自分の容貌が衰えたことに対して延々不安が綴られていた。それがどうしたと書きたいのを我慢して「そんなことないよ」と返事を送った。
「DVって本当に?」
 厳密には違う。だがメンヘラよりはDVもどきの方がまだ聞こえがいいと思うのは間違っているだろうか。
「ホントよ。だからタケちゃんにもそんな男さっさと別れちまえって言われたし」
 タケちゃんは私の同期入社のバツイチ男子だ。話しやすくて周りからも人気がある。職場の花と言われているミキさんという女性がいて、ミキさんはタケちゃんの事をとっても気に入っている。飲み会や集まりがあるとミキさんは必ずタケちゃんの隣に座る。そういう時私はなるべく離れたところに座る。
「ご主人が暴力振るうってこと?」
「主に物に当たるんだけどね」
 目の前の彼女はミキさんと仲がいい。さっきの一言は余計だった。まるで私が夫婦仲の問題をタケちゃんに相談しているようにも聞こえるかもしれない。
「危なかったらDVの相談窓口とかあるから連絡するのよ」
「うん。ありがとう」
 自分の家の内情を話し過ぎた後悔ももちろんあるが、一番後悔したのはさっきの一言だ。
 タケちゃんは軽いノリで言ったのだ。別れちまえよって。思わずその話をしたのはミキさんと張り合う気持ちがあったとか? そんなはずはない。そんなはずはない。
 なのにあの一言がまわり回ってミキさんの耳に入るのを何故か何度も想像する。小さくキラキラと光ってチリチリと引っかかるあの一言が。

読んでいただきありがとうございました! (^_^)/~