「書く」ことの効用
大学を出て働き始めて2年くらいが経ったのですが、その中で課題を感じていたことのひとつとして、物事を考えるときの深さが出ないなというのがありました。
そもそも思考の深さとは何か、という話は以前書いたのですが、まあ簡単にいうと「抽象度の高い課題をどこまで細かく具体化できるか」みたいなことです。
じぶんの中でなんとなくそれっぽい答えをパッと出すことはできるのですが、あるテーマについて深く長く考えられなかったり、パターン化された答えしか出せなかったりして、どうも思考が浅いなと感じていました。
なのでそれを解決するためにロジックツリーを書いてみたり、作業ではなく考えるための時間を作ってみたり、色々とトライしていたのですが、なかなか有効なものが見つからなかったのですね。
しかし最近ようやく解決法になりそうなものが見つかったので、そのことについて書いてみます。
「書く」ことの効用
結論からいうと「書く」という行為によって思考に深さが出てきた感じがしています。
頭の中だけで何かを考える場合、過去の思考の蓄積が目には見えないため、どうしても考えたことが流れてしまいがちです。
幅の広さやスピーディーさは出るものの、どうしてもロジックの頑健さやアイデアの深みなどは出せませんでした。
しかし文章に起こすことによって、過去の思考の経路をいつでも視覚的に辿ることができ、スピードは犠牲になるもののひとつのトピックを集中して深く考えられるようになりました。
なので最近は文字に起こす、さらには紙とペンで物理的に「書く」というのを重視しています。
まだここは感覚なのですが、より身体的な動作を伴った方が深い思考ができる感じがするからです。
速くて浅い思考との使い分け
ぼくの場合は社会人として働き始めてから、同時並行で進む複数のタスクを効率的に捌いていくために、脳内でパッと物事を判断して進めていくことが最適解として無意識のうちに選択されていました。
これはこれで間違いではないと思うのですが、どうしても過去にたどったり他から見聞きした思考経路しか通れないため、自ら仕事を作り出して価値を生む、みたいな場面では不向きな気がします。
なので使い分けにはなるのですが、まずは「書く」という行為を通じて深く考えて方針をきめ、個別のタスクまで落としてからは脳内での思考を中心にスピーディに並行して処理していくのがベストかなというのが、今のところの暫定解です。
というわけで、何かのヒントになれば幸いです!
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