まあおエッセイ 詐欺師と作家
自称作家の朝は早い。私は目覚ましもかけずに朝の四時には起きる生活をしているんだ。
特に理由はない。なぜか目が覚めてしまうんだ。ひょっとすると、夜の十時に就寝していることが、何か関係しているのかもしれないが。
早起きは三文の得とは言うが、三文得したところで、増税する消費税にもならないな。
そんなことを考えながら私は今朝の読書を完了し、読了ツイートを世界に向けて放流する。
【読んだ】ヘッセ「車輪の下」
目眩がするほど美しいアドゥレセンス。本物の文学というものは人種も宗教も体験も越えて伝播するものなのか。
私はこんなに善良でも聡明でもなかったが、彼と同じ記憶があるよ。
そういえばヘッセは読んだことがあった。
「つまりきみはそんなやつなんだな」
原文で読めないのが、惜しい。他の作品も読んでみよう。これが文学強度とかいうものだろうか?
ああ、ひとつ訂正を。ギムナジウムじゃなくて神学校だそうです。そういう文化的背景が分かっていない点も、もったいない。せめてキリスト教を知っていることに初めて感謝できました、ジーザス!
またツイートを二分割してしまった。私はどうも話が長いんだ。これは大いなる欠点であると自覚しているものの、一向、直せる気配すらない。
他人が何の本を読んだかなんてジャンクな情報だ、と思っていたのだが、これが全くの思い違いであった。現に私は読書家のフォロワーさんの読了ツイートを大いに参考にして、もう何冊も本を買っているのだ。しかもこの手法で本を選ぶと、ハズレを掴む確率がぐっと減る。自分で選ぶよりも面白い本に当たるというのも、困りものなんだが。
誰もいない爽やかな朝のキッチンでほくそ笑む。特に意味はない。
水道水を湧かして、濃いめのコーヒーを淹れる。朝はカフェオレがいいんだ。夜はブラックだけれど。私はコーヒーを飲むと眠くなるという異端の性質を持っている。
甘いものは好かないため、無糖のカフェオレをマグに作って、私はパソコンの前に戻ってきた。いちいちやることが雑だから、カフェオレがすでにぬるい。牛乳を温め直していないからだな。別に猫舌でもないが、私はそういう性格なんだ。今にはじまったことじゃない。
甘苦いふくよかな香りを吸い込んで、私はふとツイッターのブルーマークに目を向けた。メールが来ている。私は無感動な右手で開封する。
マーク はじめまして。あなたの名前はどこですか。出身は。
マークからだ。私はマークが誰なのか、例によって分からない。私のところにはほぼ毎日、知らない外人からメールが来るんだ。ほとんどが翻訳機を使って、謎の日本語で話しかけてくる。私の機嫌と頭の調子がよい時は、I can write in poor English! なんて答えて英作文の練習をする場合もある。これにも特に意味はない。
まあお 私の名前は まあお です 日本です
どうせまた詐欺師のたぐいに違いない、と思って雑な返事を寄越しておく。句読点すらもったいないから省略だ。そういえば、あのシリアから四百万ドルもらった自称軍人の未亡人、あれから返事がないな。在英日系人の老婆も、まったく音沙汰ないんだが。
マークのレスポンスは速かった。こいつ、結構若そうだな。老婆は反応ニブかったんだよ。
マーク それはクールです。好きな色は?
まあお 色は好きではありません 色には実体がない これを 色即是空といいます
マーク 結婚していますか、そしてあなたは子供をもっていますか?
外人というやつはどうしてこうも不躾なんだね。私は苦い顔で牛乳たっぷりのぬるいカフェオレをすすって渋面を作る。私にメールを寄越す外人は決まってこうだ。なぜ、個人情報をそう易々と教えてもらえると思うんだろうね。まあいいや、教えてあげよう。
まあお 私は子供が4人います 結婚はしていません
マーク あなたの妻はどうですか? 私は未亡人です。私の妻は8年前に乳がんで亡くなりました。14歳の息子がいます。
未亡人なのに妻がいるとは、流石、自由の国はひと味違うね。あ、アメリカとはまだ言ってないんだったな、マーク。私は結婚していないと言っているのに妻について訊かれたので、すかさずでっち上げた。
まあお あの女とは離婚しました。パチンコで借金まみれになったもので。
詐欺師にも二種類のタイプがいて、テンプレのコピペしかしないヤツと、ちゃんとレスポンスしてくるヤツがいる。マークは翻訳が滅茶苦茶だが、後者とみた。私は暇を持てあましているので、少し遊んであげることにしたのだ。ここからはちゃんと句読点もつけてあげようではないか。私って、ほんと、善良な自称作家だなあ。
マーク クールですね。私は54歳です。あなたは何歳ですか?
クールなのかよ。これだから語彙の乏しいアメリカ人は……って偏見はよくないな。マークはまるでヤンキーのような男だ。……余計悪化してしまったか。
まあお 64歳です
マーク 良い。私は、現在シリアで平和維持活動を行っている、アメリカ合衆国の軍人です。あなたの職業は何ですか?
ほんとにアメリカ人かよ! 私は笑いながら天井を仰いだ。アメリカ軍の関係者からのメールはこれでもう六通目だよ、マーク! そしてそこから、詐欺の話にもっていくつもりなんだろう。そうはさせねえ。
まあお 小説家です
マーク そうですか! あなたは夫なしで独身でいたのはどのくらいですか? あなたが私に尋ねても構わないのなら。
おいおい、今度は夫かよ。私はパチンコ狂いの妻とようやく離婚したのに、今度は同性婚を考えなくてはいけないと? かの国の民は発想が違うな。自由って素敵。
まあお 妻が借金を作って出て行くまでは、結婚していた。離婚したのは6年前だ。
数字を半角で打ってやるのは配慮だ。私はたいへん気働きできるタイプの自称作家だからなあ。
マーク 孤独ではありませんか。私はあなたの隣にあなたの男がいないことの孤独を意味しますか? あなたは女性ですか、男性ですか?
ようやく察したようだな、マーク。いくら翻訳ミスっつったって、いつから女と会話していると錯覚していた? しかし段々詐欺つうか宗教臭してきたな、こいつ。
まあお 男だが、孤独ではない。私は人間は嫌いだ。
男っつうか漢だけどな。漢とか言っても、分かるわけないしな。
マーク それはいい。残念なことに、私は孤児院で育った私が孤児院で育ったのと同じ状況で、私は彼の妻である軍人に養子縁組されて以来、私は孤児院で12年間苦しんだ後に養子にされたが、すべての神のおかげで彼らのおかげで、両方を失った。私が今日ある場所に私を育て、今では数年前に彼らの両方を失った。あなたは両親はいますか。
こいつ詐欺師かな、宗教さんかな。宗教だとしたらツイッターで勧誘とか正気の沙汰じゃないくらい筋おかしいから、詐欺師でいいかな。詐欺師よ、お前の話はさせない。あと、何言ってるか全然分かんない。登場人物何人死んだんだよ、それ。
まあお 死にました。息子は犯罪を犯して警察につかまってから、行方不明です。
まあ大丈夫だろ。あと三人子どもいることになってるし。長男はクズ、と。
マーク うわーそれは悲しいですね。それでどうなったんですか?
あーあ、詐欺師、もうこの話に興味津々なんだが。一応設定破綻しないようにメモを作らないとな。ええと……私、何歳だっけ。妻は何年前に蒸発したんだっけか。
まあお さあ、知りません。彼も死んだかもしれませんね。
反グレの息子だし、興味なし。
マーク 親を大切にしてほしい
いやいや、64歳のおっさんの親だから死んでるだろうが。それとも逮捕された長男が私を大事にしろと言いたいのか? 私の親は死んだとさっき言ったと思うんだが。これ、設定だいぶ破綻してもバレそうにないなあ。よし、もういっちょサービスしとくか。
まあお 親は死んだが問題ない。二番目の息子は、ひとを騙して金を稼いでいるんだ。結構、金持ちなんだよ。
マーク 大丈夫です。私たちはお互いを知り合ったばかりですが、誠意、誠実さ、そして信頼のある仲の良い友人であることを私は感謝します。アイデアを共有したり、自分自身についてもっと話したりしながら、より多くの問題について話し合うことが出来ます。時間が経つにつれて、将来的に私たちにとって素晴らしい何かがあると思います。あなたはどう思いますか?
どうって……率直にマークはバカだと思ってますけど。あと急にパンフレットみたいな長文貼り付けてくるなんて、いつも詐欺師だと思われてんですかね、っ思いますけど。
まあお うちの娘もそうだったらよかった。彼女は不誠実な男と駆け落ちしてしまったんだ。
あー! 長男逮捕、次男詐欺師、そして長女までもがあああああ! 頼みの綱は三男のみだ。もうだめだ、あまおう家は滅亡寸前だ!
マーク 大丈夫です。まあ私は私達が誠意、誠実さと信頼の良い友達であることを感謝します。アイデアを共有したり、自分自身についてもっと話したりしながら、より多くの問題について話し合うことができます。時間が経つにつれて、将来的には私たちにとって素晴らしいことがあるかもしれません。どう思いますか?
へえ、コピーする文言二種類あるんだなって思ってますけど。
まあお 楽しみにしていますよ
しかしこの詐欺師、詐欺ってくるのやめたみたいだね。長期路線にシフトしたのか、私が嘘ばかり言うからやめたのか、ちょっと判断つかないけど。私としては三男こそは大丈夫なのかが、気がかりなんだが。つうか私絶対、教育失敗してるよね、これ?
ぬるいカフェオレの最後の一口を飲み干した私の目にブルーマークが、ともる。
マーク ところでどうして、何年も経ってから再婚しなかったのですか。
まあお モテないからだよ。私はハゲているからな。
そしてマークはいなくなった。あなたの髪にも神の恵みがありますように。
ああ、みなさんこんにちは、あまおう まあお です。言い忘れてしまったが、これは今朝の実話なんだ。本当だよ。ツイッターというのは本当に面白いところだね。毎日、いろいろなものを目撃している。
もしこれを読んで、一緒にそんなものを楽しんでみたくなったら、ぜひ私をフォローしてください。エロ系以外はほとんどフォローバックしているよ。
こないだなんか、アラビア語を駆使する謎の石油王からフォローされてしまったんだ。すかさずフォローバックしておいたから、もう間もなく五億とか贈与してもらえると信じている。
え? 嘘? 私は嘘なんか言わないぞ。立派な自称作家だからな。
そんな私の真実を描いた小説はこちら。なぜか好評を博しています。
なんかもろもろ、今後ともよろしくお願いしていきますよ……!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?