見出し画像

岸本先生、お元気ですか?

冠省

こんにちは。marです。

白髪が増えてきました。髪を伸ばしてるのですが、だからなのか?なおさら目立つようになりました。美容師さんに相談して「白髪ぼかし」なる技でちょっとだけおしゃれな感じにしていますが、それでも真っ黒に染めていた頃よりは老け感がありますね。でも、年相応がいいのでね。気に入っています。

「見た目」は大事と良くいわれますが。容貌人生決定説、そんなに単純ならどんなに楽でしょうねぇと、思います。

久しぶりに会った友人から「変わらないねー」っていわれて内心大喜び。もしくは、いつもいつも顔を会わせるご近所さんから「○○さんは若いもんねぇ」と言われるのをそのまんま真に受ける。真に受けるのもどうかと思うけど、言われたことを更に他人に聞く。俺って変わらない?あたしって若々しい?こういう人に会うと困惑する。自分何歳に見えます?とか聞かれると実際より若く答えなくちゃいけないんでしょ?なんの罰ゲームなんだっけ?と辛くなるばかり。
知らんがな。

そして、明らかに見劣りするであろう相手を引き合いに出して「その人よりは自分の方がいい」とか言い出す。聞いていて恥ずかしい。どうせなら同い年くらいのゲーノー人を引き合いに出して見ろってんだ。
知らんがな。

わたくしは小学生の時に「女子大生?」と言われていたくらい老け見えする人生を送ってきました。それはそれで、みんなの評価に自分を当てはめてしまうときもあってどんどん大人びていった感は否めません。

そんなこんなで、最近になって。見た目云々は、言い出しっぺの胸三寸なんだな、とか思うわけです。誉め言葉とか、おべんちゃらとか、思うわけないじゃない。むしろ怪しむ。これ。わたくしの性格がひん曲がってますかね(?_?)

見た目って。大事かもしれないけど、それは清潔感があるとかそういうことで充分です。香水のつけすぎも閉口するし、柔軟剤のきつすぎる香りも嫌な時があります。髪がぼさぼさでも、まあ、わたくしに影響はありません。臭いのはダメですけど。

あれ?なんでこんな感じを語ってるんだ?

違う違う。わたくしが今日思い出していたのはジェンダーフリーについて。仕切り直します。

この言葉を初めて聞いたのは娘が10歳の時だから、いまから46年前のことです。娘の担任の先生が「ちょっと変わった先生」でした。当時は。

着任して早々でしたので、人となりもわからず、ただ、くるくるパーマに髭もじゃで穏やかにしゃべる人だなぁー、見た目は怪しさ満点だけどどんな先生なんだろうなぁー?と思ったのが最初の保護者会でした。

そこでいきなり、自分のことを話し始めてくれたんですが。妻と子供が二人いて、妻とは入籍しておらず、子供は一人ずつ籍に入れています。夫婦別姓になると良いなぁ~と感じています。僕は「君が代」は歌いません。それにはポリシーがあります。出欠席の名簿ですがわたしのクラスは男女で分けることはせず、あいうえお順。男子も女子も合わせてあいうえお順にします。なぜ男の子は黒いランドセルで女の子は赤いランドセルなんでしょうか?お習字の道具などこれから購入するものについては本人の好きなものを選ばせてください。

エッ?Σ(・∀・;)

いっぱいありすぎて・・・

もう一度、えっ?と言う保護者続出。

シーンとするとかざわつくではなく、えっ?

そうだそうだ、その話を思い出していて見た目の話になっちゃったんだ。先生マジ怪しかったんです。

ジェンダーフリー。その頃はパソコンも普及してないしもちろんスマホもない。どうやって調べたのか記憶がありませんが早速本を買って読みました。

そんな考え方があるのかー!と衝撃を受けたのと同時に、そこから展開する、性同一性障害とか、見たことも聞いたこともない人間の奥深さを知ることとなり自分の常識を疑いました。あの時、先生に会ってしまったお陰で、わたくしの人生の急展開が始まったと言っても過言ではありません。

その頃、わたくしは夫との関係に悩んでおりました。また、両親との関係にも悩んでおりました。子供3人抱えて生活は苦しく、やがて病む街道まっしぐら。の時期でした。男と女しかこの世にはいない、というそれまでの認識から、男も女も同じ人間で、性差によるいろいろがあるとしても互いを尊重し生きていく。そういう世界観があるんだ!

避妊せずに嫌でも何でもセックスされるのは暴力なのではないか?何度も堕胎を繰り返すことは耐えられませんでした。浮気もギャンブルも、生活費をなかなか渡してくれないのも我慢するべき事なのか?宗教依存の親の所には帰りたくない。子供たちをどう育てれば良いのか?私に育てられるのか?この子達には未来がある。人として尊重され他も尊重できる大人になってもらいたい。そんな風に強く強く願いました。

先生に身の上話をした記憶はありませんが。クラスのお手紙や保護者会での話や子供から聞く話を一生懸命聞きました。読んだ本は数知れず。

世の中には多種多様な悩みを抱えている方がいて、誰からも理解されず、こんなにたくさん人がいるのに孤独で、それでも自己を主張して生きている。本当の自分でありたいと願っている。自分を貫けば悲しむ人が、離れていく人がいることもわかった上で自分を自分に戻したいと考えている。

自立しなくちゃ。働いてお金を稼がなくちゃ。もっとちゃんと。稼がなくちゃ。

グズグズ愚痴っていてもなにも変わらないんです。行動あるのみ。そこからわたくしは。自立をめざしたのです。

けれども。考え方が一夜にして変わるはずもなく。ブレブレでしたけれども。おかげさまでいまがあるんだなぁ~と感慨深く。懐かしく思い出していました。

時代は変わりましたね。それもよい方向に変わったと感じています。枝葉で起こるさまざまな問題もどんどん浮き彫りになりました。そして、それらを受け入れようとしている人が増えました。ゲイやレズは気持ち悪いとか、口に出してしまうのは無知な大人、それも年が行けば行くほど多いような気がします。もう、複雑化したジェンダーの定義みたいなものを受け入れることはないでしょう。

ずいぶん優しくなった世界であるはずです。しかし、まだまだ分析し不足を埋めより良い社会になるよう考えてくれている人がたくさんいます。そこにつけ入る輩もいます。いつの時代にもある一定数。偏見とか差別は消えませんね。

今日はお天気もよく。

時間もたっぷりありましたので。自分の人生の分かれ道。足跡をたどっておりました。

まあ、要するに、暇だったのかな。いいいちにちでした。            不一


この記事が参加している募集

多様性を考える

街のお母さん食堂を作りたい!シングルマザー専用のアパートを運営したい!障がい者雇用を産み出したい!人生100年!社会とのコミュニケーションがないと人生つまらない!夢は壮大です。生きづらい世の中ではあるけれどもまだまだ捨てたもんじゃない!小さくても1歩目がなくちゃ未来は始まらない!