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【長編】なんでも屋もなんでもはしない【第1話】

 気がついたら、僕は彼女のことを目で追いかけてた。次の授業は音楽室に移動しないといけないのに、彼女は教室を出てから別方向に歩いていった。
「おーい、タロウ。授業遅れるぞー」
「あぁ、今行く」

 僕の名前は光崎太郎(みつざきたろう)。極々普通の高校に通う高校2年生。僕がさっき目で追っていた彼女は、遠坂瞳(とおさかひとみ)。遠坂はとても美人でクラス替えがあった4月には、男子の間で話題になることも多かったが、3ヶ月経った今は全く話題にあがらない。遠坂はかなり無口で、他の女子ともしゃべっているところをほとんど見たことがなく、昼食も一人で食べているようだった。

その日の音楽の授業に遠坂はいなかった。

次の日、なぜか担任の先生から呼ばれた。
「ねぇ、太郎くん。遠坂さんのことなんだけど」
「遠坂さんがどうかしましたか?」
「昨日の音楽の時間にいなかったでしょ?」
「あー、そういえばそうだったかもしれないですね」
「音楽の授業以外にもね、前からちょこちょこ授業に出てないことがあったみたいなの」
うん、知ってるよ。
「それでね、ちょっと気にかけてほしいなって」
「なんで僕なんですか?」
「だって太郎くん、遠坂さんの隣じゃない」

 昼休憩前の最後の授業、4時限目は化学の授業で実験室に移動する必要があった。
ちらっと横目で遠坂を見る。遠坂は急いで前の時間に開いていた教科書やノートをしまっていた。
遠坂がサボる授業には共通点がある。
それは移動教室のとき。
遠坂は何も持たずに教室を出た。
「やっぱり。実験室とは逆方向か」
「おーい、タロウ。授業遅れるぞー」
「悪い、ちょっと遅れていく」
扉の前で大きく手を振っていた友達には申し訳ないが、僕にはやることがある。

廊下を出た遠坂を僕は追いかけた。遠坂には気付かれないように。遠坂が授業に出ないときどこにいるのか?それは僕も前々から気になっていた。保険室とかなら、保険の先生から担任の先生に連絡がいってるだろうし、屋上なんておしゃれなものはこの学校にはない。
だとすると、いつもどこで時間を潰してるのか。
遠坂は少し早歩きで、静かに追いかけるのは骨が折れた。
遠坂は一つの扉の前で止まった。
「図書館、、、か」
なるほど、確かに学校の中で一番一人の時間を潰せるところといえばここだ。
遠坂は少し周りをキョロキョロと確認してから、図書館に入っていった。
「ここからどうするかな」

 僕は少し迷ったが、結局少し遅れて図書館へとはいった。図書館の司書さんにすぐに見つかるかと思ったが、司書さんはいなかった。
辺りを見回して遠坂を探すと、一番奥の角に人影を見つけた。
遠坂は角にある本を一冊抜こうとした。
その時、「ゴゴゴ、、、」という音とともに遠坂の目の前の本棚が横にスライドし、階段が現れた。
「マジかよ」
遠坂は周りを見ようともせず、そのまま階段を降りていった。遠坂が降りてからすぐに本棚は元の位置に戻った。
「んー、これは追いかけるべきなんだよな」
一応、担任の先生に任された。
僕はそれを理由に、言い訳にして遠坂の後を追うことにした。
「確か、この本だったな」
遠坂が抜こうとした本は本棚の一番端にある本で、覚えていた。
本を抜こうと手に触れた瞬間、すぐにその本が本ではないことがわかった。
本の形をした何かだ。
そのまま抜こうとすると、最後まで抜ける前に何かに引っかかったように本は動きを止めた。
そして、遠坂のときと同じように本棚が動きだした。
「まぁ、遠坂が入ってるんだし、降りてすぐ地獄ってことはないだろ」
僕は覚悟を決めて階段を降りた。

階段をずっと降りていくと広い部屋の前に着いた。扉を少し開けて中を覗いてみると、そこには追いかけていた遠坂と知らない女性が何かを話していた。
女性は制服を着ておらず、私服で20代くらいの見た目だ。何を話しているのかは全く聞こえない。女性の方は椅子に座って話しているが、遠坂は立っている。
もう少し部屋の中を観察したくて扉をゆっくり開けようとした瞬間。
「ギギギ、、、」
やってしまった。最初の成功に味を占め、少し大胆になりすぎたのかもしれない。その古そうな扉はとても嫌な音を出した。
「誰かいるの?」
遠坂が叫んだ。
こうなってしまっては仕方がない。今更逃げてもダメだ。
僕は降参して、扉を全開に開け、部屋の主に顔を見せた。
「あなたは、、、光崎くん?」
あぁ、一応隣の男子の名前を覚えてはいてくれたんだね。呼ばれたのは初めてだけども。
「どーも、光崎です」
「だから、知ってるって」
遠坂はイライラしたように言った。
知りたいのはそこじゃないってことだよね。
「いや、そちらの女性とは初めましてだから自己紹介をしとこうかな、と思って」
ちらっと遠坂の方を見た。
大層不機嫌そうな顔をしている。
「ハハハ、君おもしろいね」
遠坂とは対照的に、初めましての女性は笑っていた。
「確かに、私と君は初対面だね」
笑いを堪えながら女性は言った。
「ようこそ、光崎くん。私は甘藤寧々(あまとうねね)。これからよろしくね」
これから?僕はあんまり関わる予定はないんだけど。
「よろしくお願いします、甘藤さん」
「寧々でいいよ。光崎くんは友達からなんて呼ばれてるの?」
「タロウと呼ばれてます」
「そんなことよりなんで光崎くんがここにいるの?」
寧々さんと話している間、ずっと遠坂からは睨まれていたようだ。まぁ、当たり前か。
「それはこっちのセリフだよ。もう化学の授業は始まってる」
「わかってる。あとからノートは友達に見せてもらうから」
そんな友達がいたのか、知らなかった。
「なるほど、なるほど。タロウくんは瞳ちゃんのクラスメイトなわけだね」
「隣の席です」
一応、付け加えておいた。
「ほーほー、それじゃあ大層仲がいいわけだ」
「仲良くありません!」
これを付け加えたのは遠坂だ。
「まぁまぁ、ちょうどいいじゃないか。今回の案件、私は一緒に行けないけど夜道は危険だからタロウくんと一緒にやりなよ」
僕と遠坂は同時にお互いを見た。
僕にはなんの話をしているのかさっぱりわからないけど、遠坂が嫌そうにしていることはわかった。

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