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~ぶれる三角形危うさの美学~石原理『あふれそうなプール』

(メディエイション (2007/5/1)ISBN-10 ‏ : ‎ 4870318105 ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4870318106 HUG文庫)*現在電子書籍で発行があります*
作品感想、ネタバレを含むのでご承知おきください。)

それにしてもなんて色っぽいタイトルだろう。主人公・入谷のモノローグに繰り返し使われるフレーズ。あふれそうな水が波打つプール。もうあと一滴でも零たれたら一気にだーっと溢れ出す、ぎりぎりのところで踏み留まろうとする葛藤。それは、不安なくせに簡単には流されない入谷のプライドの高さがもたらす心象。

 シリーズを通して主役は一貫して入谷。ともかくモテる。外見が綺麗だからというだけではない。危ういくせにいつも両足を突っ張って踏ん張ろうとするけなげさが人を惹きつける。魅力ある人間の親友の座を巡ってひそかな鞘当があったりするのが学校という閉ざされた世界ではなかったか。この物語では、その鞘当が一歩踏み込んだ形で描かれる。

 穏やかな性格で常に入谷の近くにいる親友・良太。羊の中の狼のような圧倒的な存在感で入谷に接近してくる木津。中学時代に対人恐怖症気味だった入谷を必要以上に構い、トラウマを与えた優等生・花田。この3人が入谷を巡って二重の三角を形作る。時に対峙し反目し、己の優位を競い合い。2つの三角は入り組んで変相し、少年から青年へと移行する疾風怒濤の物語を艶っぽくも面白くする。

 特に親友の良太は最初、脇役然としたありがちなキャラだったのにどんどん存在を増し、穏やかなだけではない激しさも見せ変貌していく。親友のつもりが実は、という展開にいくかと思うとぐらっと逸れる。良太はあくまでも親友の入谷を独占したいのだ。それに対して木津と入谷は最初から食うか食われるか。互いに惹かれあいながら際どい駆け引き、ぎりぎりの攻防。……このじれったさが堪らない。

 恋か友情か、どれかはっきり選べよと読んでいて思うが、良太の前では「男でありたい」、木津に対しては「手に入れるためには女になってもいい」という入谷。唯一無二の存在に男としての自分のプライドを棄てるというのは、どこか乙女の処女性すら感じて、切なくなってしまう。喪うものへの恐れの壁が男女間より山ほど高い。入谷にとって親友の良太は男としての自分の存在証明でもあるのかもしれない。一人の男として一人の男を渾身で愛したい。その時、一番の親友という良太の存在は入谷を支え、木津と入谷という二人の恋の物語に血肉を与えたのだ、と思う。

 開きたいのは体ではない、繋がることで手に入れたいのは木津の閉ざされた心。大人でなんでもできる男に見えた木津は、他人を容れない頑さを持ち、そこが木津の弱さであり子どもの部分だった。そんな木津にクライマックスで入谷がこれ以上ない殺し文句を吐く。

"泣いたっていいんだ わがまま言ったっていいんだ 俺が全部受け止めてやるから だから木津、俺達一緒に ゆっくり ゆっくり大人になろうぜ…"

 入谷の言葉が木津を解いていく。自分の弱さを認めることが人を容れること、そして成長していく二人。ぎりぎりまで注がれた水が淵を切って溢れ出す瞬間。もし干上がって空っぽになってもいい、またゆっくりと注げばいいのだから。持ち堪えた水が一気に溢れ出す刹那の快感は安易に流れない物語の構築の確かさにある。

(補足*昔、サイトで公開していたBL作品紹介文に少し手を入れて再掲します。<24のセンチメント>2)

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