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【散文】清掃員

エントランス付近で女子生徒数人が駄弁っていた。
その横で、清掃業務を仰せつかった私は床へモップを這わせている。
それはそれは丹念に。
ふと、その集団の輪から一歩引いて相槌を打つひとりの女子生徒に目が行った。
彼女はそれらしく笑っているものの目が退屈を訴えており、時折集団から視線を逸らしては手遊びをしていた。
清掃を行いつつもチラチラと集団を気にしていると、不意にその女子生徒と目が合ってしまった。
退屈そうだった彼女はこちらの視線へ格好の餌だとばかりに食い付いてきた。

「なに」

と、彼女の口元が動いたように見えた。
私がその唇の形を追っていると、私の視線を奪ったままに彼女は口角を上げてみせた。
それは先程集団に向けていた大人びた愛想笑いとも違う、年相応の悪戯心のように感じた。
天窓から差す陽の光が彼女を照らしている。
私はどのような仕草を返せばよいのかもわからず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

しばらくし、彼女はこちらへ小首を傾げてから、また退屈な会話へと意識を戻した。
何事もなかったかのように。
しかし集団に交ざれずにいる彼女の手遊びが止んだことだけが、この一瞬の出来事を証明し得る確かな証拠である。

視線を落とす。
私が握り締めていたモップの先には水溜まりができていた。

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