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「見えない首輪」

『最初からお前を飼おうと思っていたわけじゃない』

野良猫のお前が急に家の軒先にやって来た。
その時我が家には猫が好きそうなご飯がなくて、「ごめんねぇ、うちには何もないのよ」と謝ってみる。
それでもお前は、まん丸い瞳でまっすぐに私を見つめ、私の声を不思議そうに聞いていた。

次の日、なんとなく、また来るかもわからない猫の餌を買って帰ってみた。
私はいつものように夕飯を縁側でとっていると、昨夜と同じようにあの猫がひょっこりと顔を出した。

「お、来たね……おいで、ご飯があるよ」

私はコンビニで買ってきた袋をガサガサと探り、お前用のご飯を取り出す。
封を切ったはいいものの、家には餌皿なんてないもんだから、石段の上にそのままパラパラと撒いてみる。

お前はソロソロと近づいてきて、胴体と首を目一杯伸ばし、私が置いた餌をクンクンと確かめる。
息を飲んで見守る私の目の前で、小さな顎を動かして一口『パクン』
その様子を眺めていた私は、止めていた呼吸を再開させ、心の底から嬉しくなる。
二口目、三口目…ハグハグと食べ続けるお前を見ていると、途方もない人生の中の一日、なんとなくでも餌を買って帰ってよかったと、しんみり思えてくるのだった。

それからというもの、翌日も、そのまた翌日も、お前は我が家に現れた。
決まって私の食事時。月の下、少しのお酒を傾けていると、しなやかな身体を光らせたお前が登場する。

「…いらっしゃい」

気づけばお前はいつも私の隣にいて、一人暮らしだった我が家は一人と一匹になった。
一人の居心地の良さを堪能していた私は、足元に丸まって眠るお前の存在に癒やされるようになっていた。

ある日、私は事故に遭った。
仕事帰り、日課となった自分のつまみと、お前のご飯をぶら下げて歩いている時だった。
信号無視をした車と接触し、私は救急車で運ばれた。
そのまま二週間入院になり、その間私はお前が気がかりだった。

やっと退院し、松葉杖をつきながら急いで自宅に戻った。
縁側に出てみると、まだ昼間だってのにお前が石段で丸くなり眠っていた。

「おい…帰ったよ」

声をかけた途端、お前の耳がぴくんと反応し、すぐに私の方を見上げた。
その顔はやつれ、立ち上がったお腹もげっそりと痩せていた。

「いつからここにいたの…? ご飯は食べてないの?」

私は松葉杖を捨てヨロヨロと座り込み、思わずお前に手を伸ばす。
縁側の下、届きそうで届かない。
今どうしてもお前に触れたくて、片手で身体を支えながら、私は必死に手を伸ばす。
ギリギリ、あと少し。伸ばした私の手のひらに、お前は首を伸ばし、顔を擦り寄せてくれた。
初めて触れるお前の頭蓋骨は小さく、簡単に私の手のひらに収まった。
その感触は、温かく、愛しい以外に言葉が見つからなかった。

今まで私から触れることはなかったし、お前からすり寄ることもなかった。
お前は私の猫ではないし、私はお前の何者でもない。
私は飼い主ではないんだよ。お前が全て満足いくような環境を用意できる自信はないし、それに伴う責任もとれる器かわからない。
でもきっと、私は私の人生の中にお前という存在を残すだろう。残したくなくても、残ることはわかっている。お前だってきっと、少しぐらいは私との時間を記憶してくれるだろうよ。
だから、隣にいたけりゃいればいい。
お前のご飯ぐらいはある、月が綺麗な夜は一緒に食べよう。

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