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「グラデーション」6

実際の彼女と会えた所で、俺のこの普通では無い願望がどうなるってことでもない。だって俺たちはそのような話を一切していないし、そもそも“そういう事”を意識し合う関係性でもない。趣味の写真に感想を送ってくれた女性と、ただの男。それだけ。それだけなんだ。
けど、本能的に感じる。俺の人生にとってこの機会は逃してはいけない。何を?どうやって。俺は一体どうするつもりなんだ。ギャラリーで彼女の姿を見つけた瞬間、俺は何ができるのだろう。当たり障りなく表面上の挨拶をし、写真を眺める彼女の横顔を見つめ
、声をかけられないままその場から去る背中を見送るのだろうか。そんなの、後悔してもしきれない。何も出来ず、その晩も下品に喘ぐ彼女を羨ましく眺めるだけの自分に戻るのは、耐えられなかった。

7月31日 写真展が始まり初めての週末。
平日の間も毎日ギャラリーに通った。クローズまでの一時間、人もまばらな静かな室内、激しく響く心臓の音を隠しながら時を過ごした。彼女から連絡は無く、いつ来るのかわからなかった。もしかしたら来ないかもしれない。だってそもそもこんな約束は絶対では無いし、彼女からしたって守る義理も無い。そんな意味の無い予防線を繰り返し考えながら、俺はただひたすら入り口を見つめ続けた。
18:40 今日もだめだ、もう会えないかもしれない…肩を落とし、緊張の糸がプツリと切れる。座っていた椅子の背もたれに身を預け、ポケットから携帯を取り出した。SNSに彼女の新しい投稿が無いかチェックするためだ。開いた途端に飛び込む新着通知。

『今から向かいますね、写真展』

送信日時は18:03。今から向かう。今から向かうって。椅子にもたれ掛かっていた背筋はピンと伸び、入り口を確認してから周囲を見渡す。いない。いないけど、あと少しで終わってしまう。あれ?もしかして俺が気づかないうちに来てたとか?え、嘘。あれ、やばい。
俺は急いで返信を作成した。

『すみません、今この連絡に気づきました。今はどこらへんにいらっしゃいますか?僕は今日もギャラリーにいますがもう…』

必死に文字を打ち込んでいる途中、無意識に顔を上げた。
なぜか、何かが気になった。文字を打ち続ける指を置いたまま、俺の瞳は一人の女性を捉えた。
帽子を深くかぶり、長い髪の毛が腰まで届く。ふわっと広がった黒いロングのチュールスカートに、無地のTシャツ。高いヒールのせいか?背が高く、モデルのようだった。全体的に黒い衣服を纏った肌は、一際白く映えていた。
俺は座っていた椅子から立ち上がると、彼女から視線を外せないままフラフラと近付いていった。恐らく歩み寄る俺は、まさに不審者のそれだったと思う。周りにいた客は俺を見ていたかもしれない。一点を見つめたまま引き寄せられるように歩き出す俺を、世間の真っ当な客は警戒していたかもしれない。でもそんなこと俺には関係無いし、そもそも客なんて一人もいなかったかもしれない。ここはギャラリーなんかじゃなく、終わりの無い草原だったかもしれないし、水分が消え失せた砂漠だったかもしれない。しかし貴女はそこにいる。
人違いして声をかけないか、そんな心配は瞬時に消え失せた。
目の前にしてわかる、紛れもない彼女だ。

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