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「グラデーション」7

どうしよう。どうすればいいのか。
目の前にした途端、いよいよ何も考えられなくなった。なんて声をかければいいんだ?彼女は俺の姿を知らない。いや名前すら知らない。アカウント名だって「視界を写す人」だから、「あの…視界を写す人です…」とか言えばいいのか?で?その後は?「初めまして、本日は来ていただき有難うございます」とでも言えばいいのかな。うん、別に間違いじゃない、それが正しい。普段の俺はこの通り声をかけるだろう。でも今ここにいいる俺は、彼女の前で正しい俺を脱ぎ捨てたかった。少しでも繕ってしまったら、もう二度と脱げない気がした。当たり障りなく生き抜くため器用に振る舞う俺になんて、なりたくなかったんだ。

「あの写真は無いんですか?」

俺が見つめるその先で、ツンと尖った唇から声が流れた。
それはまさに動画と同じ、俺が何度も繰り返し耳から飲み込んだ、あの声だった。

「……え?」

「あの写真です、私が好きな」

「あ、あぁ…あれは、無いんです…ここには」

「ふーん……そっか」

彼女は写真に向いたまま、そう呟く。
俺は真っ白な頭で、彼女の横顔を見つめたまま動くことが出来なかった。
今発した言葉が、もう思い出せない。
それは記憶していないのでは無く、人として思考する機能を止められた、そんな感覚だった。
彼女はきっとわかっていた。
フラフラと近付いてくる男がいたこと、その男が俺であること、俺が冷静ではいられない状態であることを。

その後も何と話しかければいいかわからず、写真を眺める彼女の後ろをついて回った。気持ち悪く、はた迷惑な行動であることはわかっている。後ろでぴったりと待たれるのって嫌だよな。わかってるんだけど。偽らない俺は何もできず、一秒ごとに自分の事を嫌いになっていく。今までの人生で経験してきた自己嫌悪の記憶たちに潰されそうだった。
その間、彼女は一言も話さず、真剣に写真を眺めていた。全ての写真をじっくりと見て回り、とうとう最後の一枚。
終わる。何も出来ず、終わってしまう。何が出来るかも見つけられぬまま、他人が写した別世界に縋る思いだった。この写真展には俺以外も数人参加しており、誰の、何の写真かもわからないこの一枚を前に、俺の心臓は口からツルリと飛び出してしまいそうだった。

「あ…あの…」

「はい」

俺の意識は止めろと言った。それなのに、耐えきれず俺の口は単独で彼女に話しかけてしまった。もちろんプランなどは何も無く、振り返る彼女の瞳と目が合った瞬間、俺の意識なんてものは空気中に溶けて消えさった。

「なんですか?」

顔の筋肉が弛緩したまま言葉を忘れた口はパクパクと動き、何も発せない俺へ彼女は続ける。

「やっぱり、写真の通りですね、あなた」

「しゃしん…」

「そう…可哀想で、手を差し伸べたくなります」

手を…差し伸べる…俺に。考えたいのに、考えられない。
言葉の意味が。文字そのままでしか入らない。脳にテキストが浮かぶ。一文字ずつふわふわと浮かび回り、掴みきれない俺をあざ笑うようだった。

「あ、の…貴女のことが知りたいです」

「はい、いいですよ」

「…え、いいんですか?」

「えぇ、出た所のバーにいますね」

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