夏凪雨音

小説を書いています。

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記事一覧

いつか忘れてしまうキミへ 21

二度目の夏休み  久しぶりにゆっくり眠ることが出来た。  夢を見た。  ハルがいて、ナツがいた。  そして、店長がいた。  遠くの方におばあちゃんがいてにっこり…

夏凪雨音
4時間前
3

いつか忘れてしまうキミへ 20

頼っていい人 「店長、お休みもらってすみませんでした」 「來春ちゃん、大変だったね、もう少し休んでてもいいんだよ?」 「いえ、働きたいので働かせてください」 「そ…

夏凪雨音
1日前
4

いつか忘れてしまうキミへ 19

新たな生活 「來春ちゃん、うちで一緒に暮らさない?」 「え、そんな」 「お兄ちゃんいないし、部屋は余ってるから、高校はどうするの? 一人でなんて暮らせないでしょ…

夏凪雨音
1日前
2

いつか忘れてしまうキミへ 18

夏の終わり  夏休み、残りはみんなと会うのを避けた。  誘いも全部断った。  心配させると悪いから、おばあちゃんとおばあちゃんの田舎に行くって嘘をついた。  そ…

夏凪雨音
2日前
1

いつか忘れてしまうキミへ 17

今の記憶  翌日目が覚めると、とてもいい気分だった。  ふわりと雲の上を歩いているような、そんな浮ついた気分だった。 「おばあちゃん、おはよう」 「來春ちゃん、…

夏凪雨音
3日前
6

いつか忘れてしまうキミへ 16

それぞれの想い 「応援してくれる?」  果子はここで初めてこちらを向いた。 「あ、うん」 「よかった、ありがとう」  両方の口角を上げた。  だけど、「ニッコリ…

夏凪雨音
3日前
2

いつか忘れてしまうキミへ 15

チーム戦  ハルチーム、ハルと柊真さん。  そして、ナツチーム、ナツと私と果子。  真ん中に線を引き、二対三のチーム戦。 「負けた方はフランクフルト奢りな!」 …

夏凪雨音
4日前
2

いつか忘れてしまうキミへ 14

海水浴へ  それから一ヶ月が経ち、夏真っ只中、私は残りのお金を返済した。  そして残ったお金をみんなと海に行く資金にした。 「じゃあおばあちゃん行ってきます」 …

夏凪雨音
4日前
4

いつか忘れてしまうキミへ 13

夏休みとバイト 「おばあちゃんただいま」 「來春ちゃん」  おばあちゃんは駆け寄って私を抱きしめた。 「ごめんね、留守にして」 「いいよ、病院だったんでしょ」 「…

夏凪雨音
5日前
6

いつか忘れてしまうキミへ 12

あの梅雨の日  *** 「終わったよ」 「ありがとうございます」  さっきからポケットの中で震えている携帯を取り出し、出口に向かった。  出口付近にあった鏡に自…

夏凪雨音
5日前
2

いつか忘れてしまうキミへ 11

カミングアウト 「私ね、『記憶消し屋』ってところで記憶を消したの」 「記憶消し屋?」 「そう、注射を打ってね、記憶を消してくれるの」  そこまで言うとナツの顔がい…

夏凪雨音
6日前
5

いつか忘れてしまうキミへ 9

解放の春 「寒いね、冬が終われば春が来る」 「まだ春はいや?」 「最近ちょっと嫌いじゃない」 「そ、俺のおかげかな?」 「だからー、ハルは偽物の春じゃん」  皮肉…

夏凪雨音
7日前
3

いつか忘れてしまうキミへ 8

信用できる人    バイト先に向かった。  個人経営の小さなカフェだった。  レトロな雰囲気の木造建てのその建物を見た瞬間、心奪われた。  きっとここでバイトを決…

夏凪雨音
7日前
2

いつか忘れてしまうキミへ 10

記憶の回収  毎日バイトを頑張った。  そして、家事も頑張った。  もう少しで家を出て行けると思ったら自然と頑張れた。  クスクスと嘲笑するような声に胸がギリギ…

夏凪雨音
7日前
4

いつか忘れてしまうキミへ 7

記憶の断片 「ナツ、今日はもう帰る。また明日学校で会おう」 「來春?」 「うん?」 「來春は学校、辞めたじゃない」 「……え?」  学校を辞めた。  いつでも辞め…

夏凪雨音
7日前
4

いつか忘れてしまうキミへ 6

初恋  そのとき初めて私はナツが好きなんだってわかった。  いつもギリギリと音を立てるこの心が穏やかになっていくのも、ナツの顔を見るだけで胸が張り裂けそうなくら…

夏凪雨音
8日前
6
いつか忘れてしまうキミへ 21

いつか忘れてしまうキミへ 21

二度目の夏休み

 久しぶりにゆっくり眠ることが出来た。

 夢を見た。

 ハルがいて、ナツがいた。
 そして、店長がいた。

 遠くの方におばあちゃんがいてにっこりと笑っていた。

 私は幸せが胸の中に広がって、じんわりと温かい気分になっていた。

 すると果子が来た。
 続いて母親が来て、その隣、母親の彼氏がいた。

 ズキズキと心が悲鳴をあげ出して、ギリギリと不快に鳴った。

 ぎゅっと唇

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いつか忘れてしまうキミへ 20

いつか忘れてしまうキミへ 20

頼っていい人

「店長、お休みもらってすみませんでした」
「來春ちゃん、大変だったね、もう少し休んでてもいいんだよ?」
「いえ、働きたいので働かせてください」
「そう? 少し気晴らしになるかな?」
「はい」

 家にいるよりバイトをしていたかった。
 気晴らしになるし、お金も欲しかったし。

 朝起きて洗濯をして学校に行き、バイト、そして帰って夕飯を作る。

 正直かなりハードだ。

 だけど、高

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いつか忘れてしまうキミへ 19

いつか忘れてしまうキミへ 19

新たな生活

「來春ちゃん、うちで一緒に暮らさない?」

「え、そんな」

「お兄ちゃんいないし、部屋は余ってるから、高校はどうするの? 一人でなんて暮らせないでしょう」

「そうだよ、來春、一緒に暮らそうよ」

 果子がこの提案をするメリットってなんだろう。

 ダメだ、私友達の好意を「メリット、デメリット」で考えてしまっている。

「気持ちはありがたいんですが、お世話になるわけにはいきません」

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いつか忘れてしまうキミへ 18

いつか忘れてしまうキミへ 18

夏の終わり

 夏休み、残りはみんなと会うのを避けた。

 誘いも全部断った。

 心配させると悪いから、おばあちゃんとおばあちゃんの田舎に行くって嘘をついた。

 その嘘はみんなを黙らす効果抜群だった。

 次第にグループのメッセージはやり取りがなくなった。

 時間が止まったように静かになった。

「ご飯食べに行かない?」

 そんな個人メッセージが来たのは、もう夏休みが終わる八月の終わりだっ

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いつか忘れてしまうキミへ 17

いつか忘れてしまうキミへ 17

今の記憶

 翌日目が覚めると、とてもいい気分だった。

 ふわりと雲の上を歩いているような、そんな浮ついた気分だった。

「おばあちゃん、おはよう」
「來春ちゃん、おはよう、朝ごはん食べな」
「ありがとう」

 おばあちゃんの朝ごはんは、白いご飯にお味噌汁、昨日の煮物の残りに、海苔。ふわふわの甘い卵焼き、そして、おばあちゃんが毎日ひっくり返して浸けているお漬物。

 私はこれが大好き。

 椅子

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いつか忘れてしまうキミへ 16

いつか忘れてしまうキミへ 16

それぞれの想い

「応援してくれる?」

 果子はここで初めてこちらを向いた。

「あ、うん」

「よかった、ありがとう」

 両方の口角を上げた。

 だけど、「ニッコリ」という表現は合わない。

 ただ口角を上げた、そんな作業だった。

「來春は? 好きな人いる?」

なんでだろう、言ったらダメだって直感的に気づいた。

「――いないよ」

 嘘をついた。

 大きな嘘をついた。

 この嘘を

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いつか忘れてしまうキミへ 15

いつか忘れてしまうキミへ 15

チーム戦

 ハルチーム、ハルと柊真さん。

 そして、ナツチーム、ナツと私と果子。

 真ん中に線を引き、二対三のチーム戦。

「負けた方はフランクフルト奢りな!」

 ハルは狭いエリアをあちこちとコンパクトに走り、どんなに拾いにくいボールも上げた。

 足場が悪い砂浜、ハルが上げるボールは、まるで意思があるみたいにハルの手から、もうジャンプを始めている柊真さんの頭上に上がる。

 こっちはと言

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いつか忘れてしまうキミへ 14

いつか忘れてしまうキミへ 14

海水浴へ

 それから一ヶ月が経ち、夏真っ只中、私は残りのお金を返済した。

 そして残ったお金をみんなと海に行く資金にした。

「じゃあおばあちゃん行ってきます」
「気をつけてね、何かあったらすぐ電話するんだよ、あんまり遅くなったらダメよ、女の子もいるのよね?」
「おばあちゃん大丈夫だよ、早く帰るし、女の子もいる、大人もいるんだから」
「そう、ならいいけど」

 ハルのお兄さんは柊真(とうま)さ

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いつか忘れてしまうキミへ 13

いつか忘れてしまうキミへ 13

夏休みとバイト

「おばあちゃんただいま」

「來春ちゃん」

 おばあちゃんは駆け寄って私を抱きしめた。

「ごめんね、留守にして」
「いいよ、病院だったんでしょ」
「怖い思いしたでしょ」

 怖い思い?

 頭に浮かんだのは母親の彼氏の顔。
 思い出しちゃうんだ。こんな時にもあっさりと。

 いつになったら完全に忘れられるんだろう?

 消すのは簡単で、だけど思い出すのも簡単で、頭ばっか痛む。

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いつか忘れてしまうキミへ 12

いつか忘れてしまうキミへ 12

あの梅雨の日

 ***

「終わったよ」
「ありがとうございます」

 さっきからポケットの中で震えている携帯を取り出し、出口に向かった。

 出口付近にあった鏡に自分の顔が映る。

 酷い顔。
 髪を整えて外へ出た。

 湿り気味の生ぬるい空気を思い切り吸った。

 もうすぐ雨が降るだろう。

 重たい雲が一層重たくて、どんよりと気分まで重たくする。

「もしもし」
「來春?」

「ナツ」

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いつか忘れてしまうキミへ 11

いつか忘れてしまうキミへ 11

カミングアウト

「私ね、『記憶消し屋』ってところで記憶を消したの」
「記憶消し屋?」
「そう、注射を打ってね、記憶を消してくれるの」

 そこまで言うとナツの顔がいびつに歪んだ。

 こんなナツの表情、みたことなかった。

「腕、見せて」

 言われるがままにそっと腕をまくった。

 そして、そこにある青黒い注射の跡を見ると、またナツの顔が歪んだ。

 ナツの顔が好き。

 愛らしくてかっこよく

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いつか忘れてしまうキミへ 9

いつか忘れてしまうキミへ 9

解放の春

「寒いね、冬が終われば春が来る」
「まだ春はいや?」
「最近ちょっと嫌いじゃない」
「そ、俺のおかげかな?」

「だからー、ハルは偽物の春じゃん」

 皮肉混じりに顔を歪めてそう言うとどちらからともなく笑った。

 近所の公園のベンチに座り、コンビニのおにぎりを取り出した。

 ひとつハルに渡そうとしたのに、ハルは首を横に振った。

「ハル、早く本物の春を連れてきてよ」
「うん、わかっ

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いつか忘れてしまうキミへ 8

いつか忘れてしまうキミへ 8

信用できる人

 
 バイト先に向かった。
 個人経営の小さなカフェだった。

 レトロな雰囲気の木造建てのその建物を見た瞬間、心奪われた。

 きっとここでバイトを決めた昔の私もこうやって心を奪われたんだろう。

「いらっしゃ――あぁ、來春ちゃん」

 私のイラストとは似ても似つかないような、高身長のスラッとした美人が立っていた。

「店長……?」

 おそるおそる声を出した私に店長は一瞬目を見

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いつか忘れてしまうキミへ 10

いつか忘れてしまうキミへ 10

記憶の回収

 毎日バイトを頑張った。
 そして、家事も頑張った。

 もう少しで家を出て行けると思ったら自然と頑張れた。

 クスクスと嘲笑するような声に胸がギリギリと不快に鳴っても、すぐにあのふたりのことを思い浮かべて、気持ちを鎮めた。

 いつもは押し殺すように窘めていた気持ちのコントロール、最近は少し上手くなってきてると思う。

「おばさん、おばあちゃんがいなくなってからおうちに置いてくれ

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いつか忘れてしまうキミへ 7

いつか忘れてしまうキミへ 7

記憶の断片

「ナツ、今日はもう帰る。また明日学校で会おう」
「來春?」
「うん?」

「來春は学校、辞めたじゃない」

「……え?」

 学校を辞めた。

 いつでも辞められるならもう少しだけ頑張ろうと思っていた学校を私が辞めた?

 確実に記憶消しの効果が出ている。
 ぼんやりどころじゃない。

 五万は返したんだろうか。

「私、行かなきゃならないとこあって」
「僕も行く」
「なんで?」

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いつか忘れてしまうキミへ 6

いつか忘れてしまうキミへ 6

初恋

 そのとき初めて私はナツが好きなんだってわかった。

 いつもギリギリと音を立てるこの心が穏やかになっていくのも、ナツの顔を見るだけで胸が張り裂けそうなくらい苦しくなるのも、最初はどうしてなのか意味がわからなかったけど、これは多分「好き」って感情なんだとわかった。

 あの、初恋だった漫画のヒーローにそっくりなナツに、私は恋をした。

――本物の、初恋だ。

「ナツ、ナツ」

「來春、何が

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