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【短編小説】ここできめたい
まっすぐに見られていた。
タオルで汗をぬぐっているけれど、視線は外さない。
私を見ている。
後ろを振り返ったり、左右に首を振ったりして 他に誰か居るのではないかと まわりを探してみる。
誰もいなかった。
——私を見ているんだ。
私は2階の観客席にいる。10列ほどある席の前から5列目の真ん中あたりに座って、体育館のアリーナにいるあいつと、側からみれば、見つめあっていたのだと思う。
全国から50チーム以上が参加している弓道の試合の個人決勝だった。
「目標は夏全国」
弓道に打ち込んでいる学生にとって、誰もが目指す学生弓道の集大成の大会だった。
御多分に漏れず、あいつもこの大会を目標としていた。そして、あいつが次の一本を決めれば優勝、という絵にかいたような劇的な場面だった。
そんな緊迫した場面にもかかわらず、会場内はざわざわしていた。それはこの決勝戦のせいではなかった。
ほとんどの学生が試合を終え、帰宅の準備に取り掛かっていたからだ。こんな状況の中で、あいつは体育館のアリーナで、28メートル先に一つ置かれた的に戦いを挑もうとしていた。
どのくらいの時間がたっただろう。
あいつが私から視線を外そうとした。
——どうしたの?
私は急いであいつがいるところからも確認ができるように、大きく首を縦に振ってうなずいた。それから右手でこぶしを作り突き出して見せた。
あいつの顔が少しだけほころぶ。くしゃくしゃにほぐれて、細い目がますます細くなった。
そして、くるっと体を向けて、戦いへと向かっていく。
**********
試合前、合宿での出来事を思い出した。
合宿の最終日は班対抗の試合で締めくくるのが恒例だった。私とあいつのチームは、見事優勝したのだが、なぜか居残って二人で的を片づけていた時のことだった。
「なんかいつもより的、ちいさくないか?」
「そんなことないよ。いつもと同じよ」
たしかに、わたしにも的が小さく見えることはあった。
でもそれはすごく調子がいいときだ。
だから、そう長くは続かなくて、せいぜい三日、うまくいって一週間ぐらいだ。
あいつのつぶやきは4か月ほど前。まだ桜が咲いていたと思う。
***********
あいつが的に顔を向けて弓を打ち起こす。
一呼吸おいてからギリギリと弓を引き絞る。
私も観客席であいつと同じ的を狙う。
——あたった。
ちょうどその時、体育館の二階の窓から一筋の光が差し込み、残心をとるあいつの頬を照らした。
その光をあいつの額から流れる汗の玉が跳ね返し、強く輝いていた。
私はあいつから預かったライトグリーンのフェイスタオルをぎゅっと握りしめてアリーナへと続く階段を駆け降りる。
(了)
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