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【飲食エッセイ】軽く一杯飲み

『お疲れさまセット1000円』
そんな張り紙をランチで入った店で見つけた。

年配のご夫婦がやっている町中華。
そのセットはビールかチューハイに、シュウマイ・エビチリ・唐揚げがついているらしい。
唐揚げもエビチリもランチで食しずみで、どちらもしっかりと味がついていて、そのくせ、しつこくないという印象だった。ご飯がすすむ味だけど、40代半ばを超えた女性でも油酔いしないで完食できる。
これぞ、老舗の町中華という味だ。

いつかのランチ(エビチリ定食)

その張り紙を見つけたときに食べていたランチは何だったかは覚えていない。
でも、『お疲れさまセット』を食べに来たいなって思ったことは覚えてる。
7月に入って急に暑くなったこともあって、バイト帰りにビールを一杯飲みたいと思う日が増えたせいだろう。
そして、心を読まれていたかのように、一緒に食べていた友人兼バイト先社長から
「もうすぐバイトに来て1年経つし、お疲れさま会で『お疲れさまセット』食べに来よ」
と言われた。
即OKの返事をする。

それから1週間後の夕方5時過ぎ、私たちは町中華屋の前にいた。
自動ドアが開いて中に入っていく。
席に着いたばかりらしい客にビールを持ってきていた老店主と目が合う。ジェスチャーで「どうぞ」と、入り口から少し奥に入ったテーブルを案内された。テーブルも席も備え付けで、動かしようのない4人掛けの席が5つほどの店内は、すでに2テーブルが埋まっている。
冷房がほどよく効いていて気持ちよかった。私たちはテーブルに向かい合って座る。
老店主と入れ替わりで、水が入ったコップを持ってきてくれた奥さんに、『お疲れさまセット』を2つ頼んだ。

飲み物は瓶ビール2本。

奥さんが厨房に行きかけて戻って来た。
「瓶ビール、1本ずつ持ってこよか」
一瞬、私と友人の頭に?マークが飛んだけれど、すぐに理解して
「はい、それで」
と答えた。
そんなに勢いよく飲まないだろう2人のアラフィフ女性だから、2本を一度に持ってきたら飲み終えるまでにぬるくなると考えてくれたんだろう。
たわいもないおしゃべりに興じていたら、お疲れさまセットが届いた。
「く」の字の形をしたお皿に、レタスが敷かれ、シュウマイ2個、唐揚げ3個、エビチリが乗っている。「シュウマイと唐揚げは、からし醤油につけて食べてね」
見るからにビールが進みそうだ。


「1年間、お疲れさまー。そして、ありがとう。これからもよろしく!」
と乾杯をして、さっそく箸をつける。
シュウマイは肉肉しい。しかもチェーン店やスーパーの総菜で見るシュウマイの1.5倍はありそうな大きさ。細かく箸で切り、4口か5口で食べる。
ちびちび食べないともったいないくらい美味しい。
コップに入ったビールを口に注ぎ入れる。
「ぷはー。おいしいっ」って、おじさんみたく言いたいのをぐっとこらえて、心の中でつぶやいた。
唐揚げは塩気が抑えられているようで、試しに言われた通りからし醤油につけてみると、揚げた衣によく合って良い感じに味が濃くなる。もちろん肉はジューシーだ。
こちらはかぶりつくけど、やはり4口か5口に分けて食べる。
だって、ちびちび食べないとなくなったらもったいないんだもん。
そして、ビールを飲む。
唐揚げにビール最高だね。
確実にビールがすすんでる。
最後にエビチリ。
小粒ながらぷりぷりしているのが口の中で感じる。味はちょいピリ辛で、ケチャップと玉ねぎ(白髪ねぎ?)、エビがよく絡まっている。
うん、ビールがすすむ。
しゃべる、食べる、飲む。
口が休む暇がない。
私のコップが空いたら友人がを注いでくれる。
間髪入れず、彼女のコップが空くから私も注ぐ。
30分が過ぎたころ、2本目の瓶ビールを持ってきてもらった。
友人との会話は、彼女が最近行った旅行のこと、アルコールの種類や料理の話、店内のテレビで放映されている番組の内容についてだ。
会話は酒のアテでしかない。
1時間半が経つころには『お疲れさまセット』がなくなった。そろそろお開きにするかな、と外を見たら、大雨が降っていた。
「えー、今日、雨降るって言ってた?」
私が驚いて声を上げると、彼女もびっくりして首を横に振る。一緒に外を眺めた後、彼女がスマホを触りだした。どうやら天気の実況を見てくれているらしい。
「あと30分もしたら止むみたい」
そうか、ならば。追加で飲み食いしよう。
私は桂花陳酒のソーダ割、友人は芋焼酎のソーダ割を注文する。
食べ物は餃子1人前とザーサイときゅうりの酢の物を追加した。

彼女と別れての帰り道、駅まで歩く間に、2軒『お疲れさまセット』を掲げている店を見つけた。
そのうち一軒は『500円』立ち寄りたい気持ちを抑えて駅に向かう。

乗り継ぎも含めて電車に揺られること1時間弱、自宅の最寄駅から徒歩数分の店の表にも『お疲れさまセット1000円』の看板がかかっていた。

この夏は、軽く一杯飲みがマイブームになりそうだ。

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