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短編小説

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夢から着想を得ることが多いです。
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#短編小説

What a day 今日はなんて日(短編小説・ダーク)

ひまだ。 寝転んでテレビを見ながら、彼はシャツ一枚になって長く体を伸ばした。 妻が食器を洗いながら後ろから言う。 「看護士さんのお友達がね、ここまで何とか抑えているのは、日本人が持つ普段からの衛生意識と無関係ではないと思うって言ってた」 「ここまで大変なことになるとはね」 うちの会社いつまで持つかな、と言おうとしてやめた。不安にさせても仕方がない。ストレッチをしながら見上げると、対面式のキッチンカウンターからこちらを見下ろしている妻と目が合った。 妻はにっこり笑う。 「頑張ろ

白い獣(ホラー短編)

雨の夜道を車で走るのはどこか薄気味悪く、自分の居場所を正確に把握できなくなる。こことは違う別世界に向かう道のりのようだった。 俺は眠かったけどどうしても眠れずに、助手席でほとんどうずくまるようにして前を見ていた。 そのうち、運転をしている友人がちらちらサイドミラーを見るのに気がついた。 気にしないようにして目をつぶろうとしたが、かえって目は冴えてくる。 俺は体を起こしてちらっと助手席側のサイドミラーを覗いてみたが、後続車は一台もいない。 神経過敏で細心なやつだから確認するのが

箱(短文)

夫がゴディバを持って帰った。 大小さまざま、いくつかの明らかに義理チョコと分かるパッケージに混じってゴディバの艶やかで高価な箱の外見が目を引く。夫はこういう所にそつがない。自分が持って帰るチョコレートは一切全くやましいことなどないという顔をして、テーブルの上に無造作にばらばらと投げ出すように置いた。目をそちらへ向けただけでも、横倒しになった箱の一つだけ抜きんでて目立つ絹のような肌触りの紙質、翌日になった今もそこに置かれたままになっている。窓から挿す太陽の位置が変わるたびにかす

アリスの鏡(幻想系・短編小説)

鏡に手を当てたら霧のようにとけた。そのままからだごとすりぬけてゆっくり入る。目をつぶって、顔から浸けて手を差し出して前をさぐりながらゆっくりと足を踏み入れる。大きな鏡だ。目を開くと重々しい書斎の中に立っていた。 鏡ごしに見たときは同じなのに、こうして入ってみればそこはまるで違う場所だった。 どこがどう違うのか、腕を組んで粗を探すように四隅から窓の外まで眺め渡す。誰もいない。音はすべてそこかしこに厚く浮かぶ空気の層に吸い取られてしまう。鏡を抜けたときの霧がまだもやのようにわ

「月がきれいですね(/ω\)」テレ東ドラマシナリオ

<登場人物> 少年 少女 カップルの彼 カップルの彼女 おじさん いぬ オタク オタクの友達 通りすがりの女性 夫 妻 通行人 高校生ぐらいの少年が息を切らせながら走っている。走りながら何かをぶつぶつ呟いている。 少年「こんなとき、こんなとき、何て言えばいいんだろう。こういうの言い表す言葉ってあったような気がするんだけど…思い出せない!」 立ち止まって息を整え、頭をかきむしる。 少年「ああ~!もう!気持ち悪い~!!」 道を連れだって歩いているカップル。彼女は

オレンジ色のひまわり(短編小説)

これはわたしのママの話です。 私のママはいつもちょっとだけ狂っている。 *  *  * ピアノのお稽古からの帰り道、手をつないでのんびり歩いていると母が突然立ち止まった。 「大変!」 「ママどした?」 「ルリもう八歳だよ?」 「それがどうした」 ルリアは母の子供っぽい仕草に対してたまに大人みたいな口をきいた。 さっきまでご機嫌で鼻歌を歌っていたのに、母はルリアの手を離すと頬を両手で押さえた。 「八歳ってことは、もうあと一年で九歳になっちゃう、そしたらすぐ十歳!」 「

こども裁判(短編小説)

裁判長:しいなちゃん 原告人:ぷうくん 被告人:マモ 弁護人:サキ 検察官:じょうた 第一回法廷 事の始まりはこうだった。 さるやま公園でぷう君がゲームの新しいソフトを落としたのだ。 それをマモが拾ってポケットに入れ、家に持って帰ってしまった。 かなりまずい出来事だった。 次の日、学校で裁判が開かれた。 この裁判は親も教師も他の子も知らない状態で休み時間に行われた。 秘密にしたわけではなく、単純にだれも興味をもたなかった。 裁判はなかなか先に進まなかった。 原告

路地裏のメッセージ(短編小説)

閉店間近の雑貨店で、白髪の店主はクローズドの札を下げてやれやれと肩をひとしきりもんだ。 今日はまあまあの人の入り、でも午後になるにつれて暇になっていき、最後はほとんど居眠りをしていたかもしれない。 それはあんまりソフトな音だったので最初は気づかなかった。 たん たん たん 雨でも降ってきたのかとすりガラスに暗い窓の外を覗いてみた。 雨粒が当たっている気配はない。 タン タタン だし だし さっきよりも強めの音がした。 辛抱強くいつまでも定期的に。 取るまで鳴り続け

逢魔が時(ちょい怖短編)

「今日ねおかしなことがあったんだよ」 送迎の車に乗るなり、中学生の娘は興奮したように喋りだした。 「さっきそこに止まってた車、うちのにそっくりなの。シートも一緒で番号も一緒だったの。うちは『ひ59』なのにそこの車は『ほ59』なの。ちょっとお母さんがここに来てんのかなって思った」 車はもう動き始めて車線に乗ってしまった。右折サインを出して曲がるタイミングを見計らっているのに、対向車線の列はなかなか途切れない。 慎重にハンドルを捌《さば》いても、娘は話し続けている。 「

託宣の人(短編小説)

 畳の部屋から廊下に出た。  素足の下で冷たい木がきしむ。  庭園に面した離れ家へ長い廊下が続いているのが見えた。  さきに行っていた二人が入り口で私を手招きしている。  廊下からは、広大な日本庭園が一望できる。  あのぽつんと離れた東屋(あずまや)か茶室のような場所からはなお美しい庭を堪能できるだろう。  身をかがめて鴨居の下をくぐる。  ここなら一息つける。  私たち三人は外の騒乱から逃れてここに来た。  何気ない抗議行動の体(てい)を装って始まった騒乱が、この

パンケーキ・シンドローム

何これ。語感がステキ! バズってる~。 きっと大喜利祭りだ。ニュースポチ! がっかり。 バズっててもあまり大喜利になってなかった。 (と言いつつ小麦粉を冷蔵庫に入れる) 夢がない!夢がほしい! でもこんなにバズったのはぜったいにその語感のせいだ。みんな「ん!?」と思ったはず。その文字のインパクトに引かれてのはず。 もっとこう…。 ゆるふわな日常…いつものカフェ…イケメン(男女問わず)とまでいかないけど、感じのよい店員さん…。距離が縮まりそうで縮まらない!もどかしい…