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短編小説

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夢から着想を得ることが多いです。
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#夢

アリスの鏡(幻想系・短編小説)

鏡に手を当てたら霧のようにとけた。そのままからだごとすりぬけてゆっくり入る。目をつぶって、顔から浸けて手を差し出して前をさぐりながらゆっくりと足を踏み入れる。大きな鏡だ。目を開くと重々しい書斎の中に立っていた。 鏡ごしに見たときは同じなのに、こうして入ってみればそこはまるで違う場所だった。 どこがどう違うのか、腕を組んで粗を探すように四隅から窓の外まで眺め渡す。誰もいない。音はすべてそこかしこに厚く浮かぶ空気の層に吸い取られてしまう。鏡を抜けたときの霧がまだもやのようにわ

託宣の人(短編小説)

 畳の部屋から廊下に出た。  素足の下で冷たい木がきしむ。  庭園に面した離れ家へ長い廊下が続いているのが見えた。  さきに行っていた二人が入り口で私を手招きしている。  廊下からは、広大な日本庭園が一望できる。  あのぽつんと離れた東屋(あずまや)か茶室のような場所からはなお美しい庭を堪能できるだろう。  身をかがめて鴨居の下をくぐる。  ここなら一息つける。  私たち三人は外の騒乱から逃れてここに来た。  何気ない抗議行動の体(てい)を装って始まった騒乱が、この