マガジンのカバー画像

短編小説

20
夢から着想を得ることが多いです。
運営しているクリエイター

2019年8月の記事一覧

逢魔が時(ちょい怖短編)

「今日ねおかしなことがあったんだよ」 送迎の車に乗るなり、中学生の娘は興奮したように喋りだした。 「さっきそこに止まってた車、うちのにそっくりなの。シートも一緒で番号も一緒だったの。うちは『ひ59』なのにそこの車は『ほ59』なの。ちょっとお母さんがここに来てんのかなって思った」 車はもう動き始めて車線に乗ってしまった。右折サインを出して曲がるタイミングを見計らっているのに、対向車線の列はなかなか途切れない。 慎重にハンドルを捌《さば》いても、娘は話し続けている。 「

託宣の人(短編小説)

 畳の部屋から廊下に出た。  素足の下で冷たい木がきしむ。  庭園に面した離れ家へ長い廊下が続いているのが見えた。  さきに行っていた二人が入り口で私を手招きしている。  廊下からは、広大な日本庭園が一望できる。  あのぽつんと離れた東屋(あずまや)か茶室のような場所からはなお美しい庭を堪能できるだろう。  身をかがめて鴨居の下をくぐる。  ここなら一息つける。  私たち三人は外の騒乱から逃れてここに来た。  何気ない抗議行動の体(てい)を装って始まった騒乱が、この