見出し画像

超短編小説|浪人生の過酷な寮生活

 僕は大学受験に失敗し、浪人を余儀なくされた。地元を離れ、田舎の予備校に入り、同時に寮生活が始まった。

 寮はお世辞にも綺麗とは言えなかった。昔からある古めかしい建物で、4畳くらいのせまい寝床が与えられた。そこには厳しい寮長と親切そうなスタッフのおじいさんや、毎日料理を作ってくれる寮母さんがいた。
 風呂トイレは共同で、予備校から寮にもどってくると、みんなと一緒にお風呂に入る。そこは、広々とした気持ちのいい大浴場だった。湯船に浸かり、予備校の他愛もないことを話した。予備校に可愛い子がいたとか、先生に怒られたとか、真面目な話にならないのがすこぶる良い。

 お風呂から上がると、夕食が待っていた。時間になると、食堂の前には行列ができる。僕たちは、順番にお皿に入ったごちそうをおぼんにのせる。座る場所もだいたい決まっていて、そこでも、他愛のない話をする。お風呂にいる時と違って、真面目な話をすることが多かった。志望校についての意気込みや各々の勉強法について語り合った。

 食後は厳しい自習が待っていた。3時間みっちりと勉強をさせられる。時折、寮長が見回りに来ていて、寝ている人を見つけると頭を思いっきり叩かれる。パチーンという音と共に、部屋中に笑いが起こる。僕たちの唯一の娯楽だった。叩かれた本人は、ヘラヘラしている。いつものことだ。
 なかには勉強しているふりをする猛者もいた。僕の隣に座っていた彼は、3時間で1ページも進まず、同じページをずっと見ていた。しかし、僕もそれに気づくぐらい集中できていなかった。

 厳しい夜の自習が終わると、就寝時間がやってくる。23時までに部屋の電気を消しておかなければ、寮長にこっぴどく怒られる。
 寮長はまず、全ての部屋の扉を開け電気がついていない部屋がないかを確かめる。それから寮を出て、寮の窓をくまなく詮索し、少しでも明かりがついている部屋がないかを外から見張っている。
 彼がこんなに真剣で、抜かりないのも無理はない。というのも、むかし事件があったらしい。本当かどうかは定かではないけれど、先輩が言っていた。

「昔、夜中に友達の部屋へ行こうとして、外からクライミングみたいに渡ろうとした人がいた。でも、手を滑らせて、地面に落ちて、亡くなってしまった」

 僕は今日も、用意しておいた安物の黒いシートをかぶせ、遮光カーテンのように窓をふさぐ。それから部屋の明かりをつけ、鞄から筆箱を取り出し、夜の勉強を始める。
 僕は、焦りを感じていた。まわりの友達が大学生活を楽しんでいると聞けば聞くほど、その焦りは大きくなり僕の睡眠時間が削れていく。
 勉強をしていると、窓からコンコンコンという音が聞こえた。先輩だ。先輩は僕がホームセンターで買った、あの黒いシートに興味を示していた。そして、本当に外に光が漏れないのかどうかが気になっていた。
 だから、今日の夜中に壁をよじ登り、僕の部屋の窓を外から眺めると言っていた。危ないからと止めようとしたが、聞き入れなかった。先輩も先輩で必死なのだ。今年でゴールを決めなければならないんだ。そう思うと、僕は抵抗するのをやめた。

 コンコンコンというのは大丈夫の合図だった。どうやら、光は漏れていないらしい。先輩はまるで木から木へと移っていく猿のように器用に部屋へともどっていった。もし落ちたらどうしよう。胸にぞっと緊張が走る。
 先輩は自分の部屋にもどると、僕の部屋のドアに軽く3回ノックした。約束の合図だ。僕は、胸をなでおろし、物音ひとつしない静かな夜にやり残した勉強をはじめた。

今日は、『浪人生の過酷な寮生活』をお届けしました。実は、僕は大学受験に失敗して、一浪しているのですが、その頃を思い出しながら書きました。

サポートして頂いたお金で、好きなコーヒー豆を買います。応援があれば、日々の創作のやる気が出ます。