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超短編小説|ことば

みんな同じことばを話せばいいのに。

ぼくがいつも考えていることだ。ぼくは街から少しはなれた小さな学校に通っている。その学校では、たくさんの国籍や人種の仲間が集まってくる。だから、たくさんのことばに出会う。

ふつうなら会話ができないと思うけど、ぼくの学校の場合は大丈夫。少し変わっているんだ。みんな「ほんやく機」をつねに持ち歩いている。「ほんやく機」というのは、自分たちの言葉を別の国の言葉に変えてくれる魔法のような道具で、誰かに話しかけられると、一瞬でぼくたちの言葉に変えてくれる。だから会話に困ることはない。

でも、ぼくは今かなり悩んでいる。なぜなら、その「ほんやく機」が使えないからだ。別に壊れたわけではない。友達のノアくんとけんかをしたのだ。だから、ぼくが話しかけようとしても、ノアくんはほんやく機のスイッチをオフにする。ぼくが日本語でいくらあやまってもノアくんには伝わらない。最近、ずっと悩んでいたことだ。

ぼくは図書館で本を探していた。分からないことがあれば、いつもこの場所に行く。ふだんは学校の宿題の手がかりを探しに行くことが多い。その時はすぐにヒントとなる本にめぐり会える。でも今日は難しそうだ。仲直りのやり方の本を探しているが、いっこうに見つかる気配がない。

気づいたら2時間が経とうとしていた。図書館にある本はすべてひと通り確認できたので、ぼくは半分あきらめモードに入っていた。

ぼーっと本棚を見つめていると、まだ見ていない棚がなった。ぼくは吸い寄せられるかのようにその本棚に近づき、気づいたら一冊の本を手にしていた。タイトルは、「ドイツ語辞典」。ドイツ語は、ノアくんがふだん使っていることばだ。
「これだ」
ぼくは、この本しかないと思い、家に持ち帰って読んでみることにした。

次の日、ぼくはノアくんが来るのを門の前で、じっと待っていた。すると、ノアくんが友達と仲良く話しながら、やってくるのが見えた。ノアくんは、ぼくに気づくと、すぐに耳元にあるほんやく機のスイッチを切る。ぼくは、すかさず彼に話しかけた。
「Entschuldigung (ごめんなさい)」

すると、彼から思いもよらない返事が返ってきた。
「ごめん。ぼくもわるかったよ。」
「Warum? (なんで)」
「にほんごべんきょうしてるよ。」

ぼくは、なんだか不思議な気分になった。ぼくがドイツ語で、ノアくんが日本語で会話をしているからだ。ぼくたちはその後も2人だけの不思議な会話を楽しんだ。ほんやく機がなくても、自分たちの気持ちを伝えることはできたし、むしろない方がより仲良くなれる気がしていた。

みんな同じことばを話せばいいのに。

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