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超短編小説|コーヒーライフ

「コーヒーはチョコレートに合う」
女はチョコレートを口にふくみ、コーヒーをゆっくりとすする。

すると、自分の顔がコーヒーにうつっていた。当たり前のことだ。しかし、今日はいつもとちがう。そこにうつっていたのは、若かりし頃の自分だった。

コーヒーにうつる少女はお花畑のまわりを走っていた。まるでそこに舞う蝶のように、可憐にかけぬけていく姿が見てとれた。自分にもそんな純粋無垢な時代もあったのかもしれない。女はなつかしそうに見つめる。

眺めていると、状況は一変した。突如「ウー ウー ウー」とサイレンが鳴った。空襲警報だ。空には戦闘機が何機か飛んでいる。そこは、まさに戦時中だった。

疎開先で空襲に遭ったのだ。少女はすぐさま防空頭巾をかぶり、防空壕に飛びこんだ。そして、空襲警報解除の放送が始まるまで、そこでじっと待つ。

女はふと疑問に思った。
「コーヒーをさらに飲めばどうなるのだろうか?」

女は、興味本位でコーヒーをさらにひと口すすった。すると、少女は消え代わりに女学生時代の自分の姿がうつっていた。友達と談笑しながら、笑みを浮かべている。何か良いことでもあったのだろうか。その少女は終始笑顔を絶やさなかった。

女は思い出した。家に届いた、新しいミシンで当時流行ったウエストのしぼったワンピースを作ったのだ。これを友達に誇らしげに見せびらかしていた。当時はミシンで何でも作ったものだ。女は昔のアルバム写真を見るように懐かしく感じた。

女はさらにひと口すする。すると、今度は亡き夫の姿がうつった。そして、まだ幼い息子がよちよち歩きで向かってきた。夫は「すごい」と拍手をしている。それは、息子がはじめて立った瞬間だった。

それを見た女も、思わず拍手をして喜んだ。

女は欲が出てきた。もっと思い出を見たいと思い、残り少ないコーヒーをひと口すする。

次に出てきたのは、孫とデパートで買い物をする女の姿だった。孫は新品のランドセルを背負い、「おばあちゃん、ありがとう」と言った。孫には少し大きいランドセルが、よりいっそう可愛く見えた。

とうとう、女は最後のひと口を飲みほした。すると、カップの底には老婆の姿がうつった。

それは幻想ではない。コーヒーカップにうつったのは、今の女の姿だった。

老婆は、病院のベッドで座っていた。そこには、病院にお見舞いに来た息子や孫の姿もあった。

ふたたびコーヒーカップに目をやると、なぜか亡き夫もそこにうつっていた。

「お迎えに来てくれたのかもしれない」

それを確認すると、女はベッドの上で息を引き取った。老婆の顔には満足そうな笑みを浮かべていた。

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