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ドレスメイカ

「そんな噂、馬鹿げていませんか。デバイスが人間に成りすます、なんて」
「確かに見たことも聞いたこともないが、どうだろうね」

 我ながら暢気な話だったと、茉莉は思う。脈絡のない話をし始めたからか、それはどうにも態とらしく、小首を傾げた。
「前にそんな話をした覚えはあったが、与太話とばかり。なるほど姿形は似ていなくもない、しかし君は詩織じゃないな」
「いいえ、私は詩織です。それ以外の何に見えるというんです」
「分かるさ。ドレス自体は隅まで良く出来ている、しかし動かしてみれば人間と挙動が違う。羊の皮を被ったところで、狼の本性が隠せるものか」
 ため息をひとつ。生身の人間なら別の意味で厄介だが、自動人形にまで同じ遠慮をすることはない。
「全く。素人ならいざ知らず、舐められたものだな」
「何を」
 作業服代わりのジャケット、そのポケットに突っ込んでおいた非常停止ブレードを抜く。人形の方は最後まで白を切るつもりなのか、口を開こうとしたが、茉莉は意に介さなかった。
 ドレスに刺しても意味が無い。皮膚、というかそれを模したシリコン樹脂が露出した首筋に、一息で深くブレードを突き立てる。ブレードが動作を司る電子リレーを短絡し、サーキットブレーカーが作動することで、人形はただのモノに変わる。床に倒れる音が、やたら大きく響いた。
「ごめんください、取り込み中ですか茉莉さ、……ん」
「やあ、詩織くん。片付いた。ご依頼のモノは向こうだが、まぁ、驚くよな」
 自分と瓜二つの形をした死体、いや残骸が転がっていれば、呆然ともするだろう。ひどく毒気を抜かれた顔をして、さすがの跳ねっ返りも立ち尽くしていた。
 個人的には、態々仕立てたワンオフドレスに驚いて欲しかったものだが。デバイスの限られた演算能力で、レースやフリルの処理は相当に腕が要るのだから。
「……ああ、と。私は代理です、よ」
 いや、次は茉莉が驚く番だった。見知った顔の隣に、もう一人連れがいる。

(つづく)


#逆噴射小説大賞2024
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