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ソドムの城郭、或いは微睡む人形

 それなりに長い間、城郭の稼業に親しんだ依莉も、瑠花のことは詳しく知らない。
 代わりに噂や冗談紛いの話なら、いくらでも客や同僚から聞かされた。そこで彼女は、眠らず、食事も摂らず、誰かと情を結ぶこともない、性処理と売春のためだけに生まれたのだと、大袈裟な畏れと軽蔑をもって扱われた。
 住み込む必要もないのに、瑠花は日々のほとんどを城郭のバックヤードで過ごす。怜悧な顔立ちは常に退屈そうで、フロアの乱痴気騒ぎ以外に動くことはなかった。
 逆に、フロアへ出る前に固形物を摂ることは、誰もしない。個室で客を取る娼婦には縁のない話だろうが、吐瀉物の中に食事の痕跡が残るのは興醒めだった。
 今晩に備えて多少は眠ろうとしたのだが、意識はむしろ冴えてしまった。依莉は薄いマットレスを敷いただけの床から身体を起こし、雑魚寝で強張った身体を解きほぐそうと腰と上体を軽く捻る。
「緊張してるの」
 瑠花は長椅子に凭れて、気怠げに煙草を吹かしていた。この辺では高級品と言える、混ざり物のない煙はどこか甘い。彼女はゆっくりと長い素脚を組み直し、紫煙を吐き出した。
「何度もしたでしょう」
「そうなんですが。あなたの相方というだけで、荷が重いですよ。……貰っても」
「どうぞ」
 瑠花の煙草から火を貰って、煙を吸い込む。現実が明晰さを失う瞬間が、依莉は好きだった。ちょうど、首を絞められる瞬間を思い出す。酒や薬物の過剰摂取にも似ていた。
「眠らなくていいの」
「覚めました。蓋し、眠れないのは不幸だと思っているのですが」
 物問いたげな視線が向けられたような気がして、依莉は紫煙を深く肺に入れた。煙草を置き、テーブルに転がる注射器をふたつ、指先に挟んだ。
「夢の方が好きなんです、それだけ。やりますか……」
 細い指で絡め取るようにして、瑠花が片方を抜き取る。お互い、フロアへ入る前には、少し狂っておいた方がいいと考えていた。

(つづく)


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