処方箋:純粋な幸せ、0.5mg
苦しみも悲しみも、貧困も戦争も、ぜんぶ過去のこと。わたしにはちょっと重たい汎用タブレット、ストレージの隅っこに収まった、歴史の教科書に載っている。
溢れかえるくらいのたくさんの幸せで、みんな満たされているのに、くぅちゃんはいつも難しい顔をしていた。
「くぅちゃん。くぅちゃん?」
さて、初等教育課程の授業は、ここでやっと中休み。
授業はだいたい、退屈だ。何をしているのかもよく分からない試験の次くらいには、あんまり好きじゃない。
伸びをしながら隣の机を見る。そこにくぅちゃんは座っている。少しも動かずに、スタンドで立てかけたタブレットの画面を睨んでいた。
くぅちゃんにはよほど、いろいろと考えなきゃいけないことばかりなのかもしれない。わたしは、とてもじゃないけど、そんな必要があるとは思えなかったけれど。
「くぅちゃん」
「さよ、さん?」
ほっぺたをつついてみて、くぅちゃんはようやく気づいたみたいに振り向く。なんだか、大人のひとのような目をしている。
くぅちゃんは言葉遣いだって、妙に大人っぽい。名前にさん、なんてつける人は、くぅちゃん以外には先生くらいしか知らなかった。
「休み時間だよ」
きょとんとした顔。視点が微妙に合ってないような気がする。お疲れなのだとしたら、結構な重症みたい。
わたしは鞄から、浸透圧注入タイプの細いシリンダをふたつ、引っ張り出した。普段の低用量パッチより、効きがもっと早いから。
「あげる」
思えば、くぅちゃんがエンケファリンを自分で使うところは見たことがない。片方を差し出すと、とても戸惑ったように小さな手を出した。
くぅちゃんの代わりに、シリンダの細いところを肌に当てて、軽く押す。もう一本はわたしの分。痛くもないし、珍しくもないけど、くぅちゃんには馴染みがないのだろうか。
すぐに、ほどよく身体の力が緩む。わたしはくぅちゃんの胸元に、身体を凭れさせた。くぅちゃんの手が、わたしの手をそっと握った。
(つづく)
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