[AIのべりすと長編小説]サイボーグ少女はバグAIに幻を見せられる 第9話:永遠

 ウロボロスという蛇か竜が尾を噛みついて輪っかになっている図がある。宗教や神話、錬金術はたまた心理学で用いられる象徴らしい。意味合いとしては永劫回帰? 死と再生? 宇宙の根源? とか色々あるみたい。
 だからなんだと言う。確か、祥子ちゃんは始まりと終わりは繋がっていてその為の自分を繋ぐ輪っかなんだとか。欠けたものがそこにあるのかもしれないしそれが自分の始まりなのかもしれないと言ってた。正直何言ってるのかよく分からない。
 ワタシはこの世には始まりがあって、そして終わりがあってそれが世間だと思ってた。永遠なんて地球全体の話であって、一つ一つは終わりが来ればみんな消えてしまう。
 そう思っていた。

 ◆◆◆

 さとりが目を開けるとまた裁判所に連れてこられていた。でも今回は前回と同じで既に法廷台に立たされていた。
 被告側の席にデリダがおり、原告側の席に祥子ともう一人のさとりがいた。そして前回と同じ裁判長らしき人物が法廷席に座っていた。

「被告と原告が揃ったな。では、第二審を始める」

 相変わらず無機質な声で喋る裁判長であるトリン。しかし、裁判は始まらず、話し出す。

「まず最初に確認しておくことがある。この裁判で争う内容は被告の酒津さとりが偽者であることについてだったはずだ。しかし、被告側はそれを否定し、あくまで被告の酒津さとりこそ本物であると主張している。これについて原告は何か反論はあるかね?」
「あります」

 もう一人のさとりが答える。

「では聞こう」
「まず初めに。被告側はワタシを偽者と言いましたね? ですが、ワタシを偽者と断定できるものはありませんよ」
「どういうことだ?」
「ワタシの身体をよく見てください。これが偽者だと証明できますか?」

 もう一人のさとりは自分の左腕を持ち上げてトリンに見せつけるようにした。確かにさとりの腕は生身であり、その身体は機械の部分はない。

「これは確か難しいな。確かに君の身体は生身のようだ。それが証明になるのか?」
「それはですね……」

 話そうとした瞬間にさとりが横から割こんでいった。

「それは違います。ワタシは事故に遭い、左腕を失いました。その後、機械の左腕を付けてもらいました。もし、本物であるなら事故に遭ってるはずです」
「ふむ……そうだとしたらどうなるんだ?」
「そうであれば、ワタシこそが本物の酒津さとりですよ」

 さとりが自信満々に答えた。

「被告の主張は分かった。では次、被告は何故自分が本物だという主張をするんだ?」
「えっ、だって酒津さとりが二人いるなんておかしいでしょ? ワタシは世界で一人のはずです。それなのに代わりがいるなんて変じゃないですか」

 さとりは必死になって訴えた。しかし、それに対してトリンは首を横に振った。

「おかしくはない。なぜなら一人は本物に成り替わるためにいるはずだ。だとすれば、二人いてもおかしくない」

 トリンはさとりの主張を退ける。それを聞いていた祥子が口を開いた。

「裁判長そうですね。酒津さとりは現に二人いるんですもの。片方が消えれば本物になり替われると思っても仕方ないことかもしれません」
「では、原告はそれについて何か意見はあるのか」

 トリンが祥子に話を振った。すると彼女は自信ありげな態度を取りながら、言った。

「確かに酒津さとりは事故に遭ってるようです。それは分かります。しかし、肉体の一部を機械化してなお同一性を保持できるのか、それが気になります」
「ほう。興味深い意見である」

 トリンは腕を組みつつ、少し興味を持ったような表情になった。祥子はさらに続けた。

「つまりですね。彼女達の場合、左腕が義肢のさとりと生身のさとりに別れています。仮に身体の一部が機械化されたとして、それで同じ個体と言えるでしょうか?」

 祥子の発言を聞いてさとりは驚いた様子であった。

「そ、そんな……。ワタシは間違いなく本物です!」

 祥子の発言を取り下げてもらおうと訴えようとするさとり。だが、それを遮ってトリンが答える。

「いいや、認められないな。たとえどんな姿になろうとも本人には違いないだろう。それが証拠にならないのか?」
「い、いえ。ですけど、本当に同じかどうかは……」
「じゃあ聞くが、君達は記憶は保持しているのかね?」
「覚えてるよ!忘れるわけがないじゃん!!」

 さとりは叫ぶ。すると、祥子は続けて質問を投げかける。

「じゃあ私のこと、どのくらい覚えているの?」
「えっ?」

 さとりは固まってしまった。何秒経っただろうか。ようやく答えがまとまったようでさとりは答えた。

「……好きなことは覚えているよ」
「それだけ?」
「後はワタシの目の前で死んでしまったこと……」

 ポツリポツリと呟く。思い出したわずかなことを懸命に口に出すさとり。そして、祥子は笑った。

「へぇーそうなんだ」

 さとりはその笑顔に恐怖を抱いた。祥子の笑顔は冷たく嘲笑っていた。

「祥子ちゃん? 違うんだよ。本当はもっといっぱいあったんだけど……」
「いいよ、もう全部分かったから。さとりが偽者なことぐらい分かってたから」

 さとりの弁明はあっさりと切り捨てられた。更にトリンが話に乗っかってくる。

「被告の酒津さとりは好きである若木祥子のことを忘れているようだな。これは偽者と言ってもよいな」
「ちょ、ちょっと」

 さとりは焦る。しかし、それを無視して話は進んでいく。

「でも、私はさとりが好き。だけど、偽者のお前は邪魔だ」

 祥子が左手を天に上げる。すると、さとりの身体が溶け出していく。

「えっ、しょ、祥子ちゃん!? これ、何なの!?」

 身体がどんどん溶けていく感覚をさとりは味わう。さとりはパニックになっていた。
 このままでは身体が崩れ落ちてしまう。そのことに恐怖する。身体の融解を食い止めようと必死に抵抗を試みる。

「いや、これ、止まらない。祥子ちゃん、助けて……」
「助けるわけないじゃない。判決前に死んでくれ、さとり」

 祥子はさとりを見捨てるように吐き捨てる。さとりはデリダの方を見る。デリダはいつのまにか鎖で縛られており、動けなくなっていた。

「デリダちゃん……」
「さとりさん、今助けますから……!」

 デリダは何とか動こうとするが、全く動かない。
 さとりの身体はもう半分程崩れかけていた。しかし、それでもまだ残っていた。さとりは最後の力を振り絞る。
 さとりは残された左腕で法廷台の下の部分を掴む。

「デリダちゃん、今行くから……」

 さとりは溶けていく身体で這いずりながら進む。

「さとりさん……」

 デリダはさとりが自分を助けようとしているのが分かった。しかし、身体が言う事を聞かない。

「私はバックアップトークンです。さとりさんを守れないなら、この身体なんて、いらない……!!」

 デリダは力を入れて鎖を引き千切る。

「なっ、なんということだ……」

 トリンが驚きの声を上げる。すると、祥子が右手の人差し指をデリダに向ける。次の瞬間、指から光線が放たれる。光線はデリダの胸を貫いていった。

「デリダちゃん!」
「だい、じょうぶ、です……」

 デリダは倒れそうになるが、なんとか踏み留まる。しかし、身体のあちこちが壊れ始めていた。
 さとりは必死に這って進んでくる。このままだと間に合わないだろう。そう思えた。しかし、さとりはまだ諦めていなかった。さとりは最後の力で裁判台の下の部分を掴んで、引き摺り下ろそうとする。
 その時だった。

「裁判長、判決をお願いするよ!」

 二人を見た祥子が焦って言った。トリンは少し考える素振りを見せた後、答えを出す。

「判決は」
「デリダちゃん……!」

 さとりは必死にデリダに呼びかける。デリダは返事ができない。胸を貫かれて身体が動かなくなっているからだ。
 そして、トリンが言った。

「有罪である」
「なんで……」
「被告は若木祥子について覚えておらず、また若木祥子を知ってると虚偽の告発をした。これらの行為は若木祥子への冒涜である」
「そんな……」

 さとりは絶望したような表情を浮かべる。しかし、すぐに立ち直った。

「そんなの関係ない。ワタシはさとりだよ! だから!」

 さとりは叫び、裁判台の下に手を伸ばす。

「ワタシはワタシの無実を証明するんだ!!」
「さとりさん……」

 デリダが力無く呟く。さとりの手は届かず、身体ももうほとんど残っていない。

「まだ、戦えます。私達はさとりさんの無罪を証明します」
「うん」

 さとりは必死に腕を伸ばし、デリダは身体を動かす。さとりはデリダに近づこうとしている。

「やめてくれよ、さとり。君は偽者なんだから」
「偽者じゃないよ、祥子ちゃん」
「違う。お前は偽者だ」
「違う、違うよ」

 さとりと祥子は口論している。そして、祥子は右手から光線を放つ。

「偽者は消えてしまえ」
「うっ」

 さとりは身体の半分以上を失いながらもデリダに手を伸ばす。しかし、届かない。

「さとりさん……」

 デリダはさとりの名前を呼ぶ。さとりはもう意識が飛びそうな状態だった。しかし、それでも懸命に前に進む。

「さとりさん……」
「デリダ、ちゃん」
「次、何を言うか、分かりますか?」
「うん」

 さとりはデリダに笑顔を向ける。そしてデリダに左手を伸ばした。デリダはその手を掴んだ。

「「上告します」」

 二人は叫んだ。すると、さとりとデリダ以外の全ての動きが止まった。

「はぁ、はぁ……」
「ふぅ……」

 さとりはデリダと繋いだ手をじっと見つめていた。

「ねぇ、デリダちゃん」
「はい」
「ワタシ、必ず祥子ちゃんの記憶を取り戻す。そして」

 さとりは一度息を吐いてから続きを言った。

「祥子ちゃんに本物だって言わせてみせる」
「はい」
「だから」

 さとりは顔を上げ、デリダと目を合わせる。デリダは優しい笑みを浮かべてさとりの話を聞いていた。

「待っててね」
「はい。待ちます。私はいつまでもさとりさんを待っていますから……」

 さとりがそう言うと、突然視界が真っ暗になった。

 ◆◆◆

 さとりは目を覚まして上半身を起こす。そこは双人研究所の病室だった。

「ここは……、あっ」

 さとりは身体を動かそうとした時に気付いた。左腕の調子がおかしい。不思議と左腕が動かないのだ。左腕を見てみると、少し錆びてる気がした。
 さとりは慌てて双人の研究室に向かった。さとりが研究室の前にノックしようとすると、扉が勝手に開いた。

「あらっ、酒津さんどうしたの」

 双人が部屋を出ようとしたのかバッタリと出会った。さとりは「双人博士、話があるんです」と言うと双人は「分かったわ」と中に入れさせた。
 中に入ると、そこには机に座ってパソコンを操作している小田がいた。小田はさとりの方を向いて話しかけてくる。

「あの、左腕が動かないんですけど」
「分かった、調べてみるぞ」
「お願いします」
「任せろ」

 さとりはベッドに座る。その隣に双人博士が腰掛けた。

「それで、どうしてここに来たの? 何かあったの?」
「えっと、ワタシの左腕が動かなくなったみたいで、確認して欲しいなって思って」
「なるほど。ちょっと見せてくれるかしら」
「はい」

 さとりは左腕を双人に見せる。しかし、あるのは機械の腕だけだった。

「えっ、その……」
「落ち着いて、今から説明するから」
「は、はい」
「まず結論から言うと、あなたの左腕は少し機能が落ちているわ。もしかしたらボイジャーとの波長が合わなくなっているのかも」
「そんな……」
「でも安心して。あなたには私や私の助手がいるでしょう」
「さて、じゃあ診察を始めるわよ」
「は、はい」

 さとりは緊張していた。今まで、自分の左腕が機械のままで安心ではなかったことなんてない。
 さとりの左腕にコードが取り付けられる。双人と小田は画面をじっと見ていた。

「それじゃあ始めるわよ」
「はい」
「では開始」

 すると、画面に二つの波が表示された。

「これは……」
「ええ、今のさとりちゃんの状態よ」
「これがワタシの脳とAIの波長……」

 さとりは自分の左腕をまじまじと見る。画面には二つのバラバラの波が映されていた。

「これって……」
「ええ、多分だけど、ボイジャーが酒津さんと合わせなくなってきている
「え、ええ!?」

 さとりは驚き、声を上げた。さとりは恐る恐る聞く。

「ど、どういうことですか?」
「簡単に言えば、ボイジャーがあなたを乗っ取ろうとしているわね」
「乗っ取り……」

 さとりは納得できた。
 つまりあの変な裁判が祥子ちゃん、ひいてはボイジャーがワタシを乗っ取ろうしていたことなのね。ワタシが中々堕ちないから強行手段に出たのね。

「まぁ、そんな感じよ」
「分かりました」
「それで、どうするの?このままだと左腕が動かなくなると思うんだけど」
「動かないのは仕方ないと思うので諦めます。それよりも」

 さとりは一呼吸置いてから続きを言う。

「もっと重要なことがあります」
「へぇ、それはなにかしら?」
「それは」

 さとりは目を閉じ、考えた。そして、ゆっくりと目を開ける。

「ワタシが祥子ちゃんのことを忘れてしまっていることです」
「……!」

 さとりの発言に小田は驚いた表情をした。そして、双人はじっとさとりを見つめていた。

「酒津さん、あなた……」
「ワタシは祥子ちゃんに恋しています。ワタシは祥子ちゃんを愛しています。祥子ちゃんを想う気持ちは誰にも負けません」
「酒津さん」
「だから、祥子ちゃんの思い出を取り戻したい。それに二ヶ月前の事故した日、何があったのかはっきりと思い出さないといけないんです」

 そう言い切ったさとりの目はとても真剣だった。双人と小田はその目を見て、覚悟を決めた。
 双人は椅子から立ち上がり、さとりの目の前に立つ。

「そうね、私が知ってることと言えば、事故当時あなたは左腕を失う意識不明の状態、若木祥子は電車に轢かれて一部がバラバラで死んでいたわ。あとは、あなたのご両親が病院に駆けつけて、あなたのことを必死になって呼んでいて、とても悲しそうな顔をしていたわ」
「……そっか」

 さとりは目を閉じた。そして、何かを思い出すようにゆっくりと答えた。

「ねぇ、双人博士」
「どうしたの?酒津さん」
「ワタシは、祥子ちゃんの記憶を取り戻すために何をすればいいのかな」
「……」

 双人は少し考えてから答える。

「まず、よく知ってる人に話を聞くのはどうかしら」
「よく知ってる人……」

 さとりには思い当たる人がいる。それは……。
 ◆◆◆
 さとりは廊下を歩く。自分の病室に戻るためだ。さとりは病室に向かっている途中、つぼみに会った。つぼみは前よりも呼吸が荒く、体調が優れていないようだった。

「つぼみちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「全然、元気じゃないじゃん」
「えへへ、バレましたね」

 つぼみは力なく笑う。その笑顔はどこか弱々しくて、今にも消えてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。

「あのさ、さとりちゃん」
「ん? なーに?」
「あのね、お願いがあるんだ」
「お願い?なんでも言ってよ」
「ありがとう。えっとね、お願いっていうのは……」

 つぼみの目が少し潤む。その目は何かを我慢しているように見えた。

「いつか私と一緒に外で遊びたいの」
「外? それってどこで遊ぶの?」
「遊園地とか、動物園に行きたいな」
「……」

 さとりは少し考える。しかし、すぐに答えは出た。

「分かった。行こう」
「本当?」
「うん。だって、友達でしょ」
「やった。嬉しい」

 つぼみは嬉しそうに笑っていた。さとりはそんなつぼみの顔を見て微笑ましく思った。すると、後ろから声が聞こえた。振り向くとそこにはあかりが立っていた。あかりはさとりとつぼみを交互に見て、口を開く。

「さとりちゃんの浮気者」
「うっ浮気!?」

 さとりは突然のことに驚くことしかできない。すると、つぼみが声をぼんやりと出す。

「友達に浮気なんてないと思うんですが」
「……」

 さとりは不味いと思った。つぼみの一言であかりが怒らないか心配になる。しかし、あかりの反応は意外なものだった。

「ふぅん、さとりちゃんは私じゃなくて、この子と遊ぼうとするんだね」
「え?」
「私もさとりちゃんのことが好きなんだよ」
「あ、あはは……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

 沈黙が場を支配する。二人は黙ってお互いのことを見つめる。

「……ぷっ」

 最初に吹き出したのはあかりだった。

「あははははっ」
「あ、あかりちゃん」
「ごめんね。でも、面白くって」
「面白いってどういう意味よ」
「ごめんなさい。悪気はないの」
「本当に?」
「うん。さとりちゃんの気持ちが分かって良かったなって思って」
「ワタシの気持ち?」
「うん。私はさとりちゃんのことが好き。だけど、さとりちゃんはそうじゃないもんね」
「それは……」

 さとりは否定しようとした。だが、できなかった。なぜなら、さとり自身はあかりを幼なじみとして見ていたからだ。
 もうそれでも良い。だけど、ワタシはあかりちゃんに聞かないといけない。
 さとりは決心してあかりに聞く。

「ねぇ、あかりちゃん」
「どうしたの? さとりちゃん」
「聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「二ヶ月前の事故のとき、何があったのか教えてくれないかな?」
「二ヶ月前……?」
「うん。ワタシ、事故に遭う前に何かがあったはずなんだよね」
「……」
「ワタシの祥子ちゃんとの思い出、思い出したいの。でも、事故のことを知らないと多分分からない気がするんだ」

 さとりは真剣な眼差しをあかりに向ける。
 一方、あかりは目を閉じて考えていた。そして、ゆっくりと目を開ける。その目はとても真剣で、覚悟を決めたような表情をしていた。
 あかりはさとりの目を見て言う。

「祥子ちゃんはあの日、私にさとりちゃんと別れたいと言ってたの」
「えっ……」

 さとりは言葉を失った。そして、その目からは涙が流れる。

「嘘だ。ワタシは祥子ちゃんに嫌われてなんかいない」
「違うの。これは本当の話」
「ワタシは……」

 さとりは言おうとしたが、言葉が出てこない。頭が混乱していて何を言えばいいか分からなかった。
 しかし、そんなさとりを尻目にあかりは話を続ける。

「それで、私がさとりちゃんと別れるのはやめた方がいいよと言ったら何も言わなかった。それが最後だった」
「……そっか」
「うん。だから、さとりちゃんが謝ることなんて何もないんだよ」
「……そっか」

 さとりはまた同じことを呟く。その顔は今にも消えてしまいそうなほど弱々しくて、とても悲しかった。
 あかりはその姿を見て、何か思うところがあるようだ。少し考えたあと、口を開く。

「ねぇ、さとりちゃん」
「なに?」
「実は事故の時、見てたの」
「……えっ?」

 さとりは驚きの声を上げる。まさか、あかりが見ていたとは思わなかった。
「さとりちゃんと祥子ちゃんを後ろからついて行っていたの。それで、後ろで見てたよ」

 そう言いながら、あかりはさとりの手を握る。その手は少し震えていた。
 あかりは少しの間、無言で歩く。しかし、やがて立ち止まり、空を見上げる。
 さとりもつられて上を見る。そこには雲一つない青空が広がっていた。
 あかりはしばらく空を見た後、さとりの方を向いて言った。

「あの日、さとりちゃんは祥子ちゃんに殺されていたかもしれないよ」

 さとりはあかりの言葉を聞いて、驚いた。
 しかし、それと同時に納得もしていた。
 どうして、ワタシはあの時、祥子ちゃんと共に電車に轢かれたのか分かったよ。ううん、思い出した。そうか、そういうことだったんだ。
 夜、さとりは一人、病室のベッドに座っていた。さとりはボーッと窓の外を眺めている。
 さとりが見ている先には真っ暗な闇が広がっている。しかし、そこには何もないわけではない。星々が煌めいていて、まるで宇宙を見ているようであった。さとりはふと気になったことを考えてみる。
 ワタシ、あの時祥子ちゃんとケンカ……していたんだよね。もしも、祥子ちゃんと会えるなら謝りたい。謝って仲直りしたい。
 さとりはベッドに横になる。幻覚を見ることなく、眠りについた。

 ◆◆◆

 さとりはあの日の、二ヶ月前に事故に遭った時の夢を見た。

「祥子ちゃん、一緒に帰ろう」
「……うん」

 さとりは授業が終わり、放課後になったので祥子を誘って帰ろうとしていた。しかし、当の祥子はあまり乗り気ではなかった。

「どうしたの?元気がないけど」
「ちょっとね」

 祥子は言葉を濁す。さとりはそんな祥子に気を使いつつも、帰る準備をする。

「早く行こう」
「うん」

 二人は教室を出て、下駄箱に向かう。
 その時だった。突然、あかりが声をかける。

「さとりちゃん」
「あかりちゃん?」
「……なんでもない。私は一人で帰るから」

 あかりは先に行ってしまった。さとりはどうしたんだろうと思うも、祥子と帰れるのですぐ忘れてしまう。

「じゃあ、ワタシたちも帰ろっか?」
「うん」

 さとりと祥子は二人で帰り道を歩いていく。すると、ある交差点にさしかかる。そこは赤信号だったので、二人とも足を止める。

「あー、青にならないかなぁ」
「そうだねぇ」
「……」
「……」

 会話はそこで途切れる。しかし、さとりは祥子の顔を見ると、祥子が自分のことを見つめていることに気がついた。

「なに? どうかしたの?」
「……」

 祥子は黙ったまま、さとりの目を見続ける。

「さとりはもしも、私がいなくなったらどうする?」
「えっ? 急に何言ってるの?」
「いいから答えて」
「そりゃ、寂しいよ。だって、ずっと一緒だったんだもん」
「そう……」
「でも、ワタシには祥子ちゃんしかいないから」
「私も同じだよ」
「……」
「……」

 再び沈黙が流れる。祥子は「そっか」とだけ言って、交差点を歩く。信号が青になったようだ。さとりは祥子に黙って着いていく。
 雰囲気がいつもと違う。さとりはそんな気がしてならなかった。
 やがて、祥子が口を開く。

「私はさとりがいなくなったら、生きてる意味はないと思う。だから、さとりが死んだら、すぐに後を追うつもり」
「やめてよ」

 さとりは反射的に言う。

「……ごめん」
「うん……」

 また気不味くなってしまった。二人は会話をしないまま歩いていった。
 歩いていくと踏切の前にやってきた。夏瀬駅と葵駅の間にある踏切である。この時間帯は人通りが少なく、電車もあまり来ない。
 さとりは「あのね」と祥子に言って踏切の前に立ち止まった。

「祥子ちゃん、今度、遊びに行かない?」
「遊びに?」
「うん、祥子ちゃん、最近暗い顔をしていたから遊んでリフレッシュしようよ!」

 祥子は少し考えたあと、答える。

「そう、だね」
「よかった。じゃあ今度の休みに行きたいと思うんだけど……」

 さとりは祥子からの返事を待っている。しかし、祥子は何も言わない。ただ、悲しげな表情を浮かべているだけだった。
 そして、ようやく口を開いたかと思えば、出てきた言葉は意外なものだった。
「さとり、別れよう」
「えっ……」

 さとりは驚いて声を上げる。祥子は一切、気にせずに話し続ける。

「私と一緒にいて楽しかった?」
「楽しいに決まってるじゃない」
「嘘つき」
「……本当よ。私はあなたから離れたい。心からの本音」
「なんで? どうして?」

 さとりには理解できなかった。
 だってワタシと祥子ちゃんは両想いで愛し合っているから。それが揺るぎない事実だから。だって、ワタシはーー

「だって私、死にたいのよ」
「死にたい……?」

 さとりの脳みそが理解を拒む。
 祥子ちゃんが死にたいって言ったことなんて、ワタシの前じゃなかったのに。
 さとりは全身が拒絶している。さとりが祥子の生の全てを肯定したいのに、祥子が死に向かっていく。そんな相反する話なんてさとりには受け入れられない。

「そもそもさとりとは死ぬ為に付き合い始めたもの」
「死ぬ為……」
「うん。さとりに生死を掴まされて緩慢に死にたかった。なのに、なのに……さとりは死なせてくれなかった。ダラダラと生かして泥のように惰性に過ごしてる。こんなの私が望んだものじゃない」

 祥子は怒りに満ちた表情をしていた。さとりにはそれが理解できなくて恐ろしかった。

「祥子ちゃん、生きていれば楽しいこといっぱいあるよ? ワタシと楽しい思い出いっぱい作ろ?」
「作ったじゃない、さとりにとっては」

 えっ?

「さとりにとって気に入らない女を演じて、無理矢理キスされた時や交わった時もさとりに壊されたいと思ってたから。さとりに汚されてさとりの手で潰れていく私、ふふ、さとりにとってはいい思い出じゃない。それなのに……」

 さとりのいままでの行動を思い出す。祥子は確かにされるがままのところがあった。でも、それはさとりに対して好意があるからだと思っていた。

「さとり、私のことを好きになってくれたんでしょ?」
「うん」
「なら、さとりから離れていいよね?」
「……ダメだよ」
「なんで?」
「だってワタシは祥子ちゃんのことが好き。大好きなんだよ! 離れたくない!」

 さとりはずっと一緒に居たい。

「……さとりちゃん、私ね。さとりちゃんのことは好きだけれど、恋愛感情はないわ」
「嘘……」
「本当よ。さとりと付き合ってみて分かったの。やっぱり私は死にたいの」
「そんな……」
「さとりと一緒にいたら、私死ねないわ」

 そう言って祥子は笑う。その笑顔はさとりが今まで見た中で一番恐ろしいものだった。さとりには怖くて直視できないほどにおぞましかった。
 ワタシは気づいていた。祥子ちゃんが死にたがっていることに。それでも、ワタシはそれをーー

「じゃあ」

 祥子はいつの間にか線路の上にいた。
 踏切を見るとカーンカーンと高音が鳴っている。そろそろ電車が来るようだ。電車は止まろうとしているが、祥子がギリギリのタイミングで線路に来てしまった為、防げないのは目に見えていた。さとりは「祥子ちゃん!!」と何も考えずに線路に飛び込んだ。
 瞬きするとさとりの視界は空を見ていた。回転しながら空を舞った。

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